「回人」

14. 警察署

 モオルダアの身に何が起こったのかは知るよしもなくスケアリーは警察署へやってきた。暮れかけていた日は落ちて、警察署の中からもれてくる明かりがやけに輝いて見えていた。警察署の中へ入ると紀尾三刑事が待ち構えていたように出てきた。

「また公園の捜査でしたか?」

彼はスケアリーの汚れた足元を見てから言った。

「公園じゃありませんわ。あなた方は過去にも似たような事件があったのをご存知なかったのかしら?」

「似た事件?!…それは、失踪事件ってことですよね。あの森の公園の?さあ…、私も長年ここで警察の仕事をしてますけどね。あんな変な事件が起きたのは最近のアレが初めてだがね」

「そんなことはありませんわよ。正確には13年前の事件ですわ。さっきここで捜査資料を見つけて、それでさっきまでその関係者のところを回っていたんですのよ」

「13年前?一体誰が行方不明になったんですか?」

「小堀って方ですわ。当時あなた方が散々話しを聞いたんでございましょ?」

「エエッ…?!あの大地主だった?!」

なんだか話が思ったように進まない。スケアリーはここで話をしているよりもさっき見つけた資料を紀尾三刑事に見せた方が早いと思って、資料が保管されている部屋へ紀尾三刑事と一緒に向かった。

 部屋に入ると、スケアリーは昼間に調べた資料の入ったケースを棚から持ってきて中を調べた。だが、さっき見たはずの資料がそこにはなかった。

「おかしいですわね」

紙の資料をめくりながらスケアリーが首を傾げている。

「やっぱりそんな事件はなかったんですよ。まして大きな事件なんてそう起こらないこの街ですからね。変なことが起きたら私も覚えてるはずですよ」

「そんなはずはありませんわ。だって、さっき確かにこの中に…」

そこまで言うとスケアリーの手が止まった。

 紀尾三刑事はまさか本当に資料があるのか?と思って箱の中を覗き込んだ。しかしスケアリーがそこから取り出したのは数枚の葉っぱだった。

「何だそりゃ?!その葉っぱ、あんたが服につけて来たんじゃないかね?」

「違いますわよ。森に入ったのはこの資料を見た後ですから。あたくしの服が汚れていてもそれは関係ありませんわ!」

資料の箱に葉っぱが入っていたのを自分のせいにされそうになってムッとしていたスケアリーだったが、そんなところで怒っている場合ではないと思った。

「この葉っぱって、もしかしてあの森の公園にたくさん生えていた木の葉っぱじゃございませんこと?」

「ああ、そう言われるとそうだな。あそこに生えてるのは栗とか、そんな木だったが」

木の種類は関係がないように思えたが、スケアリーはこの葉っぱが何を意味しているのかが気になっていた。

 あの森の失踪事件と、小堀の事件の資料が紛失したこと。そしてこの葉っぱ。そこに何かが加わるとそれらは関連のある出来事になるかも知れない気がする。そして、スケアリーはあることを思い出してハッとなった。

「もしかして、ここに野々山って名前の若い女性が出入りしてたりしませんこと?」

「野々山?…さあ。知らないなあ。でもその名前はどこかで…」

「女性は知らなくても、野々山という名前の人は知っているんですの?」

なんだかスケアリーが前のめりな感じになってきたので、紀尾三刑事もあらゆる記憶を呼び起こそうとしていた。

「13年前の事と関係ある方じゃございませんこと?」

「ああ、小堀さんとこの。いや、事件なんて起きてませんがね。野々山って男は知ってますよ。小堀さんの持ってた森を管理してた。だけどあの森が公園になって仕事もなくなったから、別の街に引っ越したって聞きましたよ」

「あら、そうなんですの。でもあたくしの言っているのはその方のことじゃなくて、若い女性の野々山なんですけれど」

「さあねえ。その人が何か?」

「もしかすると、ここに忍び込んで資料を盗んで、その代わりにこの葉っぱを入れたんじゃないか?って」

「何でそんなことを?」

「それはまだ解りませんわ。でも何かのメッセージかも知れませんし。自分の能力を誇示するためにやった可能性もありますわね。あるいは、あたくし達の捜査を妨害するためだとしたら…。あらイヤだ!」

スケアリーはモオルダアをあの森の公園に置き去りにしてきたのを思い出した。もしもこの葉っぱを入れたのが野々山葉菜で、彼女が何かを企んでいるのなら。スケアリーは重大なことを見逃していた気がしてきた。若い女性がモオルダアに近づくなんてことはあり得そうにないし、そんなことがあるのならそこに裏があるに違いないのだ。

 あたくしの直感はそこに気づいていたのだけど、冷静さを失っていましたわ!とスケアリーは思った。どうして野々山葉菜が気に入らなかったのか?ということはそれで説明がつくということらしい。とにかくスケアリーはポケットからスマホを取り出してモオルダアと連絡を取ろうとしたが、彼は電話に出なかった。

「もしかすると、また失踪事件かも知れませんわ」

「失踪って、誰が?」

「モオルダア捜査官ですのよ」

紀尾三刑事は部屋から出て行くスケアリーをただ呆然と見送っていた。