17.
スケアリーが病室を出ていってからしばらくして、モオルダアは彼女が一人で森の公園へ行くようなことがないか心配になっていた。やはりモオルダアはあの暗がりで聞いた会話が気になっていたのである。もしもスケアリーが夜中に森の公園へ行くようなことがあれば、恐ろしいことになるような気もする。しかし、スケアリーのことなのでわざわざ夜の公園へ行くようなことはしないだろう。今頃はどこかのビジネスホテルに部屋を取ってユックリしているに違いない。
それでも一応電話ぐらいはしておいた方が良いだろうか?と思っていると、病室に紀尾三刑事が入ってきた。
「ああ、まだいたのか。調度良かった。スケアリーさんに頼まれてたアレね。野々山さんのところに娘か孫がいるのか?ってやつだが。まあ、確かに孫がいることにはいるんだがね。小堀さんのところがあの公園の土地を売ったあとで、野々山さんの息子の家族はここから引っ越してね。その息子の子供が野々山葉菜ってことだが。それからは埼玉の川越の方に住んでたんだが、今は孫の葉菜さんは東京の会社に就職して東京で一人暮らしだそうで。一応職場の方にも聞いてみたんだが、毎日職場に来ているし、忙しくてけっこうな時間まで働いてるってことだから、こんな山の方まで来ることは出来ないんじゃないかってね」
何の事だか解らなくなりそうな紀尾三の話し方だったが、森の公園で会ったあの女性が本物の野々山葉菜ではないということが解った。本物というよりは、公園になる前の森を管理していた野々山の孫とは別人であるということだ。そして、偶然にも野々山の孫の葉菜と同姓同名ということはなかなか有りそうにない、という意味ではあの女性は名前を偽っているということになる。
「それで、スケアリーさんは?」
モオルダアはそれを聞くのは色々と話す前の方が良かったのではないか?と思ったが、どうも紀尾三刑事は思い浮かんだことを整理せずに話し始めてしまうようだ。
「スケアリーならもう帰ったと思いますけど。帰ったといっても、ホテルの方ですけど」
「まあ、そうだよなあ。いくら何でもこんな夜中まで捜査を続けたりはしないと思ったんだが。でも署長が早く伝えろって言うもんだからね。こっちだって早く帰りたかったんだが。ああ、あとこれもね」
紀尾三刑事はそう言いながらカバンから葉っぱの入ったビニール袋を取り出した。
「なんですか、これ?」
ワケもわからないまま袋を受け取ったモオルダアが聞いた。
「うちの捜査資料の箱に入っていたんだが。スケアリーさんが言うには例の野々山を名乗る女性が入れたってことなんだがね。とはいっても、指紋が取れるわけじゃないし、何よりも生モノだからね。それでこっちでは管理しかねるし、どうするか?ってことになったんだが、これはエフ・ビー・エルに管理してもらった方が良いってことになって持ってきたんだよ。それから、私はこの葉っぱを見て栗って言ったが、トチノキだったみたいだな。どうも私はそのへんには疎いもんでね」
モオルダアはどうでも良いことだとは思ったが、この葉っぱと同じ葉を付けた木はあの森の辺りに沢山生えていたのを思い出した。
「これが捜査資料の中に?」
「そうですよ。スケアリーさんが言うには、盗まれた小堀かほりの資料の代わりにこれが入れられたってことだったが。そもそも小堀かほりの資料なんてなかったはずだがね」
「小堀かほりの資料はない?!」
「資料もなにも。小堀さんが失踪した事件なんて起きてないんだが。どうもスケアリーさんは何か勘違いしてるんじゃないかと思うんだがね」
モオルダアは葉っぱの入った袋を持ったまま黙って考え込んでしまった。その間に紀尾三刑事は話すべきことは全部話したということになって帰ってしまった。
モオルダアは頭の中でこれまでのあらゆる情報を集めた。それらを上手く並べることが出来れば何かが見えてくるような気もする。これは眠れない夜になりそうだ、とモオルダアが思っていると、今度は病院の看護師が病室に入ってきた。
「あら、まだいたんですか?もうとっくに帰ったと思ったけど。そんなに長居してると入院代を請求しますよ」
モオルダアは「エッ?!」と思ってから考えた。確かに体はダルいような感じがするが、怪我をしたわけでもないし、怪しいフェロモンが検出された以外には問題もなさそうだ。
病院のベッドで目覚めたりすると一大事って感じがするので、そのまま入院するものだと思ったのだが、入院する理由など全くないことに気づいた。第一に病院にいるのに医者が一度も登場しないというのも変な話である。どことなく気まずい感じがして、モオルダアの頭の中で盛り上がっていた事件に関する考察は一時中断となった。
モオルダアが立ち上がると、看護師は彼の使っていたベッドの毛布やシーツを片付け始めた。