「回人」

25.

 スケアリーの車に乗ってエフ・ビー・エルの二人は森の公園へ向かった。最終的な目的地はモオルダアが見つけた森の中のあの場所なのだが、森の公園には駐車場もあるし、森の公園からでないと目的地への行き方も解らない。モオルダアが捕まっていたりしたおかげで、もうすっかり夜になっているが例によって森の公園は街灯が灯っていて歩くのには不自由しない。

 それでもこの場所には何があるか解らないので、モオルダアもスケアリー急ぎ足ではあったが周辺への注意も怠らなかった。だが、注意してもしなくても彼らの進む道の先で異常事態が発生していたのは明らかだった。

 道の先に警官が二人倒れていた。モオルダアとスケアリーは倒れている二人のところへ駆け寄って状態を調べた。呼吸もしているし、脈も安定しているようだった。といっても実際に呼吸や脈を調べたのはスケアリーでモオルダアは特に出来ることもなく辺りを眺めていたのだが。

「これって、昨晩ここであなたを見つけた時と同じですわね」

スケアリーが言ったが、モオルダアの視線は遠くに向けられたままだった。

「それじゃあ、ボクもあんなふうに歩いて来たのかな?」

モオルダアが変なことを言い出したので、スケアリーは「何なんですの?」と思ってモオルダアが見ている方に視線を向けた。

 そこにはまた別の警官の姿があった。その警官がエフ・ビー・エルの二人に気づいているのかは解らなかったが、道のない木々の間をまっすぐ彼らの方へ向かって歩いてくる。時々、木の枝がその警官の顔にあたったりしているのだが、警官は避けようともしないでただまっすぐ前を向いて歩く。前を向いているが、実際にその目に何かが見えているのかは解らない。そして警官は木の根っ子に躓いて転んだ。

 これはまるで夢遊病のようですわ、とスケアリーが思ってその警官の方へ歩いていった。スケアリーが警官のところへ行く前にその警官は起き上がって、またまっすぐに前を向いて歩き始めていた。

「ちょいと、大丈夫なんですの?しっかりしてくださいな」

予想はしていたが警官はスケアリーの声には無反応だった。そして、そのまま彼女の横を通り過ぎて行く。

「これは応援を呼んだほうが良いんじゃありませんこと?」

スケアリーが後ろからついてきたモオルダアに言った。

「いや、彼らはおそらく大丈夫だよ。少なくとも肉体的には。それよりもこの先で起きていることの方が重要だよ」

さっきの警官は歩き続けて森の公園の中の道までたどり着くと、倒れていた警官のすぐとなりに倒れ込んだ。

「あれじゃ、大丈夫に見えませんわ」

「ボクやここで失踪した人たちは、実際にはこの公園にいなかったんだな。今の警官みたいにずっと別の場所にいて、そして自分で公園の中まで歩いて来てそこで倒れたり、あるいはそのままさまよってたりしたんじゃないかな。何かに操られているのか、それとも自己暗示とか催眠みたいなことかも知れないし。とにかくこの先に行けば何が起きているのかが解るはずだよ」

だが、その前にモオルダアには心配なことが一つあった。

「ところで、あのフェロモンってやつに影響されないようにする方法ってあるの?」

「あたくしに聞いても解るワケありませんわ。明確なことは解っていないことですし。マスクでもしていれば良いんじゃありませんこと?」

本当にそんなことで良いのかは解らないが、このご時世だしマスクはだいたいいつも着けていた。つまりマスクぐらいじゃ意味がなかったということだ。しかしそんなところを気にしているヒマはないので、彼らは森の中へ入っていった。


 森の公園とは違って、森の中は夜になると歩くのは困難だ。ウッカリしていると、さっきの警官のように木の根に躓いて転ぶことになる。エフ・ビー・エルの二人はポケットから小型の懐中電灯を取り出して足元を照らしていたが、それでもなかなか先へ進めない。

 やっとのことで少し開けた場所までやって来ると、月明かりが足元まで届いていて、少しだけ目の前が明るくなった。そこはモオルダアが警察に捕まった場所で、ちょっとした崖の下のところに小さなほら穴があるはずだった。モオルダアは記憶をたどるように、懐中電灯の明かりを地面と段差の境目に当てて、その明かりを段差に沿って動かしてほら穴を探した。その明かりはほら穴ではないものを照らし出して、そこで止まった。

 モオルダアもスケアリーも明かりが照らす先を見て一瞬何があるのか理解できなかったが、目を凝らして見るとそれが四つん這いになった警官の後ろ姿だということが解ってきた。まるでお尻を突き出しているように見えるが、そうではなくて地面の高さにあるほら穴の入口に頭を突っ込むために頭が下がっていてそんな体制になっているというのが正しいようだった。そのほら穴には人の頭は入るが肩から下を入れるには小さすぎるからそんな格好になっているようにも見える。

「ちょいと、どうなっているんですの?」

スケアリーは四つん這いになって頭を穴に突っ込んでいる警官の方へ向かおうとしたが、更に異様な光景に気づいてまた足を止めた。

 四つん這いの警官がいる崖に沿って視線を動かしていくと、そこにまた別の小さなほら穴があって、そこでもまた別の警官が四つん這いになって頭をその穴に突っ込んでいるのだった。モオルダアもそれに気づいたようで、懐中電灯の明かりをもう一人の警官の方へ向けていた。そして、もしかすると?と思ってまた崖沿いに明かりを動かして行くと、そこにもまた警官がいて四つん這いになっていたのである。

 モオルダアは、自分が森の公園で気を失っていた時のことを思い出した。あの時洞窟のような場所で誰かが話しているのを聞いたのは、幽かな記憶なのか夢なのか解らなかったが、実際にはこういうことだったに違いない。ほら穴に頭を突っ込んだ状態で何かの話を聞いていたのだ。それが洞窟の中という記憶になったのだろう。

「ちょいと、あなた。聞こえていますの?その穴から頭を出してくださいな」

スケアリーは最初に見つけた四つん這いの警官の傍らで声をかけていた。

「そう簡単に正気に戻ることはないと思うよ」

モオルダアに言われても、このような状態の人間を放っておくワケにもいかない。だがスケアリーはここにいる警官たちも、さっき森の中を夢遊病のように歩いていた警官と同じことなのだと気づいた。彼らは転んでもまだ何が起きたのか全く解っていないような状態だったのだし、ここにいる警官に声をかけても気づくことはないだろう。

「それじゃあ、このまま放置するっていうんですの?」

スケアリーに言われたが、モオルダアにはなんとも答えようがなかった。するとその時、少し離れた場所から声が聞こえてきた。

「誰か、来てくれ!」

その声は紀尾三刑事のようだった。おそらく、さっきの森の公園の道で倒れている警官を発見したのだろう。だいぶ焦っている感じだったが、紀尾三刑事がこの四つん這いの警官達を見たら更に焦るに違いない。