「回人」

26.

 森の公園はあとからやって来た警官達や、救急隊員達が慌ただしく行き来して騒々しくなっていた。紀尾三刑事は警官たちにアレコレ指示を出したりするのに大忙しだったが、一通りのことが済むとグッタリした様子で警官や救急隊員が行き交うのを眺めていた。

「大変なことになったなあ…」

エフ・ビー・エルの二人が自分の方へ近づいてきたのに気づいて紀尾三刑事が言った。

「それでも謎の失踪事件については大きな進展があったと考えられますわ」

「まあそうかなあ。これまで失踪してた人たちは、数日間もあんなふうに穴の中に頭を突っ込んでたんだろうかね?考えたら恐ろしくなるね」

紀尾三刑事の言葉は事件を捜査する刑事としてではなくて、率直な意見という感じだった。

するとそこへ一人の警官がやって来た。警官はエフ・ビー・エルの二人がいるのを確認すると紀尾三刑事の方へ近づいて小声で何かを伝えたようだった。それを聞いた紀尾三刑事は怪訝な顔をしてしばらく考え込んでいた。それから頭をかきながらエフ・ビー・エルの二人の方を向いた。

「これはどうもおかしな感じがするんだが。さっき気を失っていた警官の一人が意識を戻したようでね。その警官は、うちの署長がやったことだと言ってるらしいんだ。どういうことですかな?」

モオルダアはまた署長が出て来た、と思った。しかしあの警察署長がここで何かをしていたとは思えないし、署長が外出すれば警察署の誰かがそれに気づくだろう。それでもモオルダアは署長が話に出てくるのは気になるところでもあった。

「そういえば、さっき役所で署長の写真を見たって言ってたけど。あれから何か解ったの?」

モオルダアはスケアリーに聞いてみた。さっきの電話の様子では古い写真を見て楽しんでいるだけに思えたが、スケアリーはスケアリーでちゃんとやることはやっていたようだ。

「そうでしたわ。変なことが起きるから忘れていましたけど。残念なことにあのイケメンの署長って方はずっと前に退職してらしたの。その後に署長になったのが今の署長さん」

「13年前だね」

モオルダアが付け足すとスケアリーはなぜモオルダアが知っているのか?という顔をしてうなずいた。

「そうなんですの。でもそれって気になりますでしょ。あたくしが読んだはずの小堀かほりの失踪事件の資料も日付が13年前だったんですのよ。それに署長さんにも気になるところがあるんですの」

少し小声になったスケアリーは井戸端会議で他人の噂話をしている主婦みたいに見えるが、そんなふうな喋り方をされると、モオルダアも紀尾三刑事も少しスケアリーの方へ体を傾けて耳を澄ますような体制になっていた。

「この森の公園を再開発するって話がありますでしょ?どうやらその話に署長さんが深く関わってるって気がするんですのよ」

「それって、どういうことかな?こんな場所を再開発したところで赤字になるのは目に見えているが」

紀尾三刑事はスケアリーの話に対しては半信半疑という感じだった。

「どういう理由でそうするのかは知りませんわ。でも役所にある記録から考えると、この公園の再開発は署長さんの意思によるものだってことが明らかなんですのよ」

それを聞いたモオルダアは、彼が公園で意識を失ったあとで聞いた会話や、ニセ野々山から聞いた話を思い出していた。その話の中で彼らは森が切り開かれることを恐れているようだったが、一方で署長は森の開発をしたがっているようである。それが意味するところは何か?と考えた時にモオルダアは恐ろしい気がしてきた。

「紀尾三さん。今回のこの森の捜索は署長の命令ですか?」

「ああ、そうだが。あの人なんだか急に今回の件で躍起になりだしたようだが。なんなのかね」

「きっと昼間にボクがニセ野々山を追いかけた時に、署長の手下がボクをつけてたんだよ。そして、彼らの隠れ家を見つけたところでスケアリーのフリをして通報したんだ。署長は部外者のボクらにそこにいてほしくないだろうから。ボクが捕まって邪魔者がいなくなったところで部下たちを彼らの隠れ家に向かわせたに違いないよ。でも、警官たちは意識を失ってるし、返り討ちにあったってことかな」

紀尾三刑事はモオルダアの言うことを聞いてポカンとしていた。なので代わりにスケアリーがいつものように呆れた感じで反応しないといけなかった。

「モオルダア、何を言っているのか解りませんわ」

「ボクだって良く解ってないんだけどね。それより紀尾三さん。署長はまだ警察署にいますかね?」

「さあ、どうかな。まあこういうことが起きてるんだし、家に帰るわけにもいかないと思うんだが」

「警察署にいるかどうか、確認してください。双方とも追い詰められて、今夜にも何かが起きそうな気がするんですよ」

紀尾三刑事はモオルダアが何を言っているのかまだ理解できていなかったが、署長の居場所の確認ぐらいなら問題ないということで、警察署に電話をかけた。まだ警察署にいるか、あるいは家に帰ったか、そんな答えが返ってくると思っていた紀尾三だったが、さっきから姿が見えないという警察署の職員の話を聞くと、顔色を変えてモオルダアの方を見た。

 モオルダアは推理ですらない想像の延長みたいな自分の考えが現実のものになりそうなのでゾッとしていた。しかし、もしも今夜何かが起こるとしたら、どこで何が起きるのだろうか。この森の公園も、森の中のほら穴のある場所も、今では警官が大勢いる。だが何かが起きるとすればその二箇所のうちどちらかになるような気もする。

「ちょいと、なんなんですの?アレは」

モオルダアが考え込んでいるとスケアリーが何かに気づいて森の方を指差した。

 モオルダアはスケアリーの指差している先を見て、やっぱり何かが起こるのは森の方に違いないと思った。