「回人」

22. 警察署

 野々山葉菜も小堀かほりも、エフ・ビー・エルの二人が会ったのはニセモノだったし、本物の方は今回の事件とは関係がなさそうである。そうなってくると確実に存在していて、しかも何かがありそうな人間は今のところ警察署長だけじゃないか?とモオルダアは思ったのである。そこでモオルダアは警察署へ再びやってきた。

 ヒキガエルと形容したくなるような署長は、モオルダアのする質問にくぐもった唸るような声で答えた。夜中になって急に野々山を名乗る女性の捜索を命じた理由や、今でも躍起になって彼女を探させていることについて遠回しに聞いてみたものの、モオルダアの知りたい事を聞くことは出来なかった。

 署長は肘掛けの付いた大きな革張りの椅子に体がくっついているのではないかと思われる程に深く腰掛けて、そのままほとんど動かない。普段は大きな事件など滅多に起きないということなので、署長もいつもはこの部屋でじっとしているだけなのかも知れない。それが急に変な事件が起きたので、何かしなければいけないような気になって、それで闇雲にニセ野々山の捜索を命じたりしたとも考えられた。

 警察署長としては少し特異という感じがあるが、かといって問題になるようなところは特にないようだ。モオルダアはこれでは埒が明かないし、ここにいつまでもいても意味がないとも思った。ところがその時、彼のスマホに着信があってポケットの中でブルブル振動を始めた。

 いつものようにその着信に驚いてビクッとなったモオルダアはポケットからスマホを取り出すとそこにスケアリーの名前が表示されていた。モオルダアは、事件に関わる連絡かも知れないということで、署長の前でその電話に出た。

「ちょいと、何なんですの?」

スケアリーがいきなりこんなことを言うのには慣れているモオルダアだったが、その口調がいつものように苛立った感じがしないので、なんだろう?っと思っていた。

「捜査の途中って感じだけど、そっちは何かあったの?」

「あたくしもちゃんとやることはやっていますのよ。ウフフフ…ッ。それでね。町役場で小堀様のことを調べていて、あの方が土地を売った後にすぐこの町から引越したことも解ったんですの。でもあの方の容姿も確認しないと、昨日会ったあの方が誰なのか?っていうことが解らないでございましょ?そうしたら、役場の人が気を利かせてくれて、昔のものだけど写真があるって持ってきてくれたんですの」

スケアリーはミョーに楽しそうに話している。

「それで、その写真っていうのがかなり昔の写真だったんですけれど。役場が主催した会合の時の写真で、そこに小堀かほり様の姿もあって、昨日の方とは全く違う顔をしていたのは解ったんですの。小堀かほりって方は、とっても品があって美しい人でしたわ。それだけじゃなくて、その写真には警察署長さんと紀尾三刑事も写ってたんですのよ。紀尾三刑事もまだ刑事になりたての頃だったと思うんですけれど。小堀かほり様の隣に写ってる紀尾三刑事って、綺麗な人の隣で緊張してるみたいにカチカチの表情で気をつけの姿勢で立ってるんですの。ウフフフ…ッ!面白いですわね」

面白いといえば面白いのだが、実際の写真がなければどれほど面白いことなのかは良く解らない。

「それに、署長さんって人も、まだ若い頃なんですけど。なんだかすごくイケメンなんですの。昨日連絡をくれた人と同じ方なのかしら?なんだか気になってしまいますわね」

「イケメン?!」

モオルダアは署長の容姿についてのスケアリー言葉に思わずつぶやいてしまった。目の前にいる署長をどんなに若返らせてもイケメンになるような気配はない。しかもスケアリーがイケメンというからには清潔感があって、端麗で精悍で、誰が見ても文句なしの男前ってことに違いないのだが。

「あら。また役所の方が写真を持ってきてくれましたわ。それじゃ、またしばらく写真を見てみますわね」

もう小堀かほりの顔も解ったのだし、これ以上写真を見るのはスケアリーの興味以外になさそうなのだが。スケアリーはそう言って電話を切ってしまった。

 モオルダアはスマホをポケットにしまうと急に不安になる何かが心のなかに湧き上がってきたのを感じていた。

「なにかありましたか?」

モオルダアがポケットに手を入れてうつむいたままなので署長が聞いた。

「いやあ…」

なんでもない、と言うはずだったが、そうでもないので言葉が続かなかった。もしかして野々山葉菜や小堀かほりと同じように、目の前にいる署長もニセモノなのでは?という考えがモオルダアの頭の中に浮かんできたのである。

「署長さんは若い頃からここの警察署の署長だったんですか?」

「いや、そんなことはないがね。今年で13年かな。それが何か?」

「それなら良いんです」

目の前の署長がスケアリーの言っていた署長とは違うことは解った。普通に考えたら何でもないことなのだが、いろんな人のニセモノが登場するので疑いだしたらキリがないのである。

 もう署長からはなにも聞くことがなくなってモオルダアは警察署をあとにしたのだが、それでも何か落ち着かないものが彼の頭の中で何かを訴えているような気分だった。