23. ウッディー・パーク森林公園
野々山葉菜と小堀かほりのニセモノがいるのは何故か。そして、二人のニセモノがいくつかの嘘ではない情報をエフ・ビー・エルの二人に話したのは何故なのか。二人の正体を知るよりも、そのことが今回の事件の鍵になるのではないか、とモオルダアは考えていた。警察署を出たモオルダアは森の公園に向かっていた。
森の公園に向かう理由は今のところない。しかしそこに行けば今はボンヤリとしているものがハッキリ見えてくるだろうし、その「見えてたきたもの」こそが理由になるとも思っていた。
午後の日はまだ高かったが、曇りの日の森は薄暗い。
モオルダアはまた森の公園の入り口にある看板を眺めていた。「ウッディー・パーク森林公園」という名前が変だということは事件とは関係のないことなのだが、どうしても変だと思ってしまって目がそこへ行ってしまう。それ以外にこの看板に書かれているのは縮尺の適当な公園内の地図だけだ。この地図を見る限りでは、この公園内の道が迷路のようになっているとは思えないが、そこも気にすることでもなさそうだ。
それでもモオルダアがこの看板を眺めているのは、他にやることがないからでもある。ここに来た理由が明確になるまではやることもない。しかし、いつまでこうしていれば良いのか?とモオルダアが思い始めた時に彼の背後で声がした。
「警察署長に会ったんですね」
いつもなら急に話しかけられたモオルダアがギョッとして振り返るところだが、彼は落ち着いた様子のまま振り返った。そこにいたのはモオルダアの予想したとおりニセ野々山だった。やはりここに来たのは正解だったとモオルダアは思っていた。
「警察では私を捕まえようとしているけど、本当に悪いことをしているのは署長なんですよ」
「それは面白い話だね。あの署長は何をしたっていうんだ?」
「この森がなくなったら多くの命が失われます」
「それって、木々や小動物の命ってこと?」
「それは…。違います。もっと恐ろしいことです」
ニセ野々山が何を言いたいのか良く解らないが、モオルダアは特に気にしていない様子だった。それよりも、モオルダアはずっと気になっていたあることを確かめるのなら今しかないと考えたようだ。
「そんなことより気になることがあるんだけどね。キミ、その服の下はどうなってるんだ?」
モオルダアは誰にも予想できないようなことを言い出した。ここに来ていきなりモオルダアの抑圧された変態的内面が実際の行動として表に出てきてしまったのか?
こんな場所で若い女性がそのようなことを聞かれたら誰でもそうするように、ニセ野々山は警戒心をあらわにした。その表情には緊張感がみなぎっていた。
「おっと、尻尾が見えてるぜ」
モオルダアが更にワケの解らないことを言った。しかしニセ野々山には意味が解ったようで、その表情は緊張から怒りへと変化していくように見えた。そして、ニセ野々山は歯をむき出しにすると「ゴォォォ」という喉の奥から絞り出すような恐ろしい音を出した。
その表情があまりにも恐ろしかったためにモオルダアはうろたえてしまった。そして視界がぼやけて前が見えなくなった。ニセ野々山が怒るのは予想していたが、そのあとのこれは予想外だった。
よろめいたモオルダアは「しまった」と思って、倒れないように体制を整えてから目をつむると頭を数回横に振って視界をハッキリさせようとした。
次にモオルダアが目を開けたときには目の前にニセ野々山の姿はなかった。また彼女の姿を見失ったかと思ったが、今回は少し状況が違う。モオルダアの耳には森の中の草をかき分けて進むかすかな足音が聞こえてきた。
モオルダアは足音を追って道のない森の中を走った。ニセ野々山の姿は見えないが、足音の聞こえる辺りの下草が揺れているのは見えた。それを追っていけば姿の見えない逃走者を見失うことはないはずだった。
しかし、それはモオルダアが思っていたよりも逃げ足が速くて、しばらくすると足音は彼の耳に届かなくなり、下草が揺れている場所も確認できなくなってしまった。
ニセ野々山には逃げられたようだ。でもここからは自分でなんとかすれば良いとモオルダアは思っていた。あの森の公園で何かをするための隠れ家は、公園からそう離れていないはずだというのが彼の考えである。
モオルダアは最後に下草が揺れていた地点を目指して歩き出した。しばらく歩くと崖というには低すぎる段差が行く手を遮るように続いている場所があった。その小さな崖の段差に沿って歩いていくと窪んでいて他よりも影の色が濃い部分があり、そこをよく見てみると黒い影の奥にはさらに奥があって、ほら穴になっているのが解った。
隠れるのならここしかない、とモオルダアは思っていた。しかし、その穴は人が入っていくには這って進まないといけないような小さなものだった。それでもモオルダアはそこに何かがあると思っているので、その中へ入ろうとしていた。だがここで問題があることにも気づいた。
ニセ野々山が怒ったり逃げ出したりしたことはある程度彼の予想したとおりで、それで彼も舞い上がって勢いだけでここまで来たのだが、逃げ出したニセ野々山が追い詰められて反撃してこないとも限らない。しかも、さっき逃げ出す前にニセ野々山が彼にしたことを考えると、ニセ野々山とは一筋縄ではいかない相手でもあるはずだ。
モオルダアはいつものように腰のホルスターに収めてあるモデルガンに手を当てた。そしていつものように、こんなモデルガンで身を守れるのか?ということを考えていた。一人でいかずに応援を呼ぶことも考えられたのだが、応援を呼んでおいて何もなかったという事になれば言い訳が難しい状況でもある。
ここは意を決して一人でいくしかない。そう心に決めてモオルダアの緊張が高まった時に彼は背後から声をかけられて、今回の捜査で一番の傑作とも思える「シュワッアッ!」という変な悲鳴を上げた。
「ちょいと、モオルダア!何をやっているんですの?」
モオルダアの背後にいたのはスケアリーだった。なんで彼女がここにいるのか?と疑問に思う前に、モオルダアは飛び出しそうになっている心臓の鼓動を元に戻す必要があった。
「な、なんで…」
モオルダアはそれだけ言うのが精一杯だった。スケアリーの手には銃が握られていて、それをモオルダアの方へ向けて構えていた。
「あなた、ここで何をしているのか説明しなさいな。あたくしは怯えて逃げ出す若い女性を追いかける変態を見つけてここまで追いかけてきたんですのよ」
「ここには、そんなヤツは…。というかそれってボクのことを言ってるの?」
「状況からすると、そのようですわね。同僚を性犯罪者として逮捕しないといけないなんて、悲しいことですわね」
勘違いをされている事に気づいてモオルダアの心臓の鼓動は次第に収まりつつあった。
「ちょっと待って。ボクはニセ野々山の正体を確かめるためにここに来たんだよ」
「そういうことをするのならあたくしに連絡しても良さそうなものですわ。でもそうせずに一人でやって来るってところも怪しいですわね」
「キミに説明したところで信じないと思ってね。まずは証拠を掴むのが先だと思って一人で来たんだけど」
「証拠って何なんですの?」
「そのほら穴の中にニセ野々山が隠れているって事のね。もしかするとニセ小堀かほりもいるかも知れないし。彼らはずっとここを隠れ家にしてたと思うんだが」
「こんな小さな穴に出入りしてたら、体中泥だらけですわ。野々山葉菜も小堀かほりも綺麗な服装でしたけれど」
「やっぱり信じてくれないじゃないか。だいたいキミはなんで森の公園に来てたんだ?」
「あたくしはちゃんとした理由があって行動しますのよ。森の公園におかしなところがあるから来てみたら、あなたがニセ野々山を襲うところに遭遇したってことなんですの。とにかく現行犯ですから逮捕しますわよ」
モオルダアはこれは流石に悪い冗談という気がして思わず笑ってしまったのだが、藪の向こうから警官たちが現れるのを見ると変な笑顔のまま表情が固まってしまった。
固まった笑顔のまま警官に連れて行かれるモオルダアはやはり変態のように見えてしまう。しばらくしてから「これは間違いだ」と警官たちを説得しようとしたのだが、こうなってしまってはもう遅いようだ。