18. 街に唯一のビジネスホテル
スケアリーとの連絡が取れないまま、モオルダアはこの街で唯一のビジネスホテルを見つけて歩いてやって来た。スケアリーが電話に出ないということは彼女はすでに寝てしまったのかも知れない。ということなら、モオルダアも今夜はやることがなくなってしまったので、部屋を取ってそこでじっくりこの事件について考えることにしようとした。しかし、もしもスケアリーが気を利かせてモオルダアの分の部屋も取ってあったりすると、あとからまた面倒なことになるとも思っていた。
ただし、それはフロントで確認すれば良いことである。でもなんとなく面倒なのは、今回の事件でスケアリーが勝手にいなくなったり、こうして連絡が取れなかったりするからかも知れない。そういうことになるのは、あの野々山を名乗る女性のせいでもある。ある意味で彼らはあの野々山を名乗る女性に翻弄されているとも言える。
こんな感じで調子が出ないモオルダアであったが、そういう状況は簡単には良くならない。ホテルのフロントでスケアリーが先に来ているのかどうか確認してもらっていると、モオルダアのズボンのポケットの中で電話が鳴り出した。
それがちょうどモオルダアがカッコつけてフロントのカウンターに肘を乗せたのと同時だったので、モオルダアはミョーに焦って電話に出ることになった。
「ちょいと、モオルダア!どこにいるんですの?」
電話はスケアリーからだった。
「どこって。ホテルに着いてたところだけど。キミが先に来てると思って」
「ホテルになんかいませんわよ。さっき警察署長様から警官たちに指示があって、あの野々山を名乗る女性を捜索することになったから、あたくしも森の公園に向かっているんですのよ」
「署長が?!じゃあ、彼女は森の公園にいるってこと?」
モオルダアはさっきの病院での紀尾三との会話でも署長が出てきたのを思い出した。その時にはなんとなく聞き流していたが、ここに来て急に署長という言葉が何度も出てくるのに違和感を覚えた。
「それって、そんなに急を要することなの?」
「知りませんけれど。あたくしもあの女性は怪しいと思っていますから、ちょうど良い機会ですのよ」
「でも、ちょっと待って。あの女性が関係しているとして、もしかすると次の犠牲者はキミなんじゃないか、って気がするんだよね」
モオルダアは、意識を失ったあとに暗がりで聞いた会話がまだ気になっていた。だがあれが実際に誰かが話していたものだったのかはまだ解っていない。
「なんであたくしなんですの?確かに夜の森の公園は危険かも知れませんけれど、警官が何人もいて、そこに同行するんですから、問題ありませんわ」
「でもキミは…。とにかく回人には気をつけるんだ」
野々山がスケアリーを嫌っているというのはあの暗がりで聞いた会話の中での話なので、モオルダアはうかつなことは言えなかった。
「どうでもイイですけれど。そんなに気になるのならあなたもすぐに来れば良いんですのよ。あたくし達は先に捜索を始めていますわ」
そう言うとスケアリーは電話を切ってしまった。
モオルダは言い知れぬ不安に襲われながらホテルを出た。彼の背後では部屋の状況を調べてからカウンターに戻ってきたフロント係が小走りに出口に向かうモオルダアの後ろ姿を見送っていた。