「回人」

24. 留置所

 留置所の牢屋に閉じ込められたモオルダアはどうすればここから出られるのかを考えていた。しかし、考えれば考えるほど彼の置かれた状況は厳しいものに思えてくる。何しろ彼のパートナーであるスケアリーがモオルダアを性的暴行の現行犯として通報したのだ。味方は誰もいない。だが、姿こそ見えなかったがモオルダアがニセ野々山葉菜を追いかけたのは事実でもある。森の公園で起きている事件に関わっていると思われるニセ野々山なので、捜査官としてはそういう女性が逃げ出したら追いかけるのは普通のことである、という主張なら認められるかも知れない。

 とにかくモオルダアは取り調べが始まるまでになんとかして警察を納得させるだけの理由を見つけようとしていた。だがそんなことは無駄だったようだ。

 留置所の入口の方からスケアリーが多少感情的な様子で話している声が聞こえてきた。それに対応しているのはどうやら紀尾三刑事らしい。

「だから、何度言ったら解るんですの?モオルダアのことはこのあたくしが一番良く知っているんですのよ!」

「しかしねえ。現行犯ってことだし」

「それがおかしいんですのよ。あの方は確かに変態かもしれませんわ。いや、変態なんですのよ。でもあの方の頭の中にある変態的な事柄はあまりにも変態すぎて現実不可能なんですから、現行犯なんてことがあるワケがありませんのよ!」

「変態ならなおさら怪しいじゃないですか」

「それが、違うんですのよ。だいたい誰があの方のことを通報なんかしたんですの?」

「え?!何言ってんだ?あんたが自分で連絡してきたって聞いたんだが…」

「あたくしが?!あたくしはずっと役所で調べ物をしていたんですのよ。そんなことをしているヒマはありませんでしたわ」

「えぇ?!」

なんだか解らないが、これはモオルダアにとっては都合のいい展開である。しかしスケアリーがずっと役所にいたというのはどういうことだろうか?

 ほどなくして紀尾三刑事とスケアリーがモオルダアのいる牢屋のところまでやってきた。

「どういう事だか解らんが、手違いだったようだな。まあキミも立場上逃げ隠れ出来ないだろうし、釈放って事になったよ」

紀尾三刑事はそう言いながら牢屋の扉を開けた。

「ちょいと、モオルダア。何なんですの?」

スケアリーが言ったが、モオルダアはそれはこっちのセリフだという気分だった。だが紀尾三刑事には聞かれたくないことも色々とあるのでモオルダアは黙って警察署の外に出ることにした。


「ちょいと、モオルダア。何なんですの?」

警察署の外に出てからスケアリーが改めて聞いた。

「ボクはもう騙されないつもりだったんだけど。どうやらまた騙されてしまったみたいだね。あの森にいたのは確かにキミだったけど。その状況がおかしいと気づけなかったよ」

「良く解りませんけれど。あなたは森にいたんですのね?」

「そう。あの森の公園の近くだったけど。ニセ野々山の隠れ家がもうちょっとで見つかるというところだったのに。そこにキミが現れて婦女暴行の現行犯なんて言うからね」

「そのあたくしというはあなたが見た幻覚ってことなんですの?」

「幻覚というか、思い込みってことだろうね。ボクらがニセ小堀かほりと話していた時と同じようなことが起きてたんだと思うよ」

「それはともかく、ニセ野々山の隠れ家を見つけたって言ってませんでした?あたくしがここに来た時に警官たちが慌てて出ていったんですけれど。もしかしてその場所に行ったのかしら?」

それを聞いてモオルダアはマズいと思った。あの森にいたスケアリーはニセモノだったが、通報を受けてやって来た警官たちは本物だったのだ。あの森のあの場所は警察にも知られてしまったということだ。そして、その場所が失踪事件に関係のある場所かも知れない、というのはモオルダアだけが知っていることでもあるのだが。モオルダアとしてはハッキリとしたことが解るまでは、あまり騒々しくするのは良くない気がしていた。しかし何かが動き出してしまったようなので、そうは言っていられなくなった。

「あの森に警官たちが乗り込んでいったら彼らはどこかへ行ってしまうかも知れない」

「どういうことですの?彼らって、あなたはあのニセ野々山や他の人達が誰だか解っているんですの?」

「まだ解らないけどね。他人の姿になったり、葉っぱを書類に見せるようなことが出来るような力を持ったもの」

モオルダアが言うとスケアリーは頭の中にあることを思い浮かべたが、今はふざけている場合ではありませんわ!という気分になってモオルダアを睨んだ。

「ちょいと、真面目にやってくれませんこと?」

「とにかく森に行って警官たちを止めないと」

スケアリーに睨まれても態度を変えないモオルダアは何かに気づいて盛り上がっている精神状態に違いない。ここはモオルダアの言うことを聞いて警官を止めに行ったほうが良いのかしら?とスケアリーは思っていた。