「回人」

28.

 全てはタヌキの仕業だったのだろうか?信じがたい話ではあるが、エフ・ビー・エルの仕事は科学的にそれを証明することでもある。確かな証拠があって初めて事件は解決となるのだ。少なくともスケアリーはそう思っている。

 二匹のタヌキの争いはしばらくして決着がつき、一匹が逃げていった。そしてもう一匹も人間から隠れるために森の中へ消えていった。それ以上は何も起きないだろうということで、エフ・ビー・エルの二人と紀尾三刑事は現場の事態を収拾することに専念した。

 気を失っていた警官たちは病院へ送られ、モオルダアの時と同じように精密検査を受けた。更に衣服に付着物などがあるかも知れないということで、それも調べることになった。それらはエフ・ビー・エルの研究室に送られて分析されることになっている。


 結局「回人」なんてものは存在しなかったようだ。それはタヌキが人に化けていた姿。まだそんなことは信じられないのだが、モオルダアは翌日になって街をぶらついて撮影してきた写真をパソコンのモニターで見ながら考えていた。

 それらは街にある看板やポスターを写したものだった。一枚目はモオルダアが昨日の朝に見かけたランニングウェアのポスターの写真だった。次は色あせた大昔の看板だったが、そこに描かれている和服を着た女性はニセ小堀かほりにそっくりである。更にもう一枚が意外であった。それは警察署内に貼ってあった防犯キャンペーンのポスターなのだが、そこに婦警の格好をして写っているのがニセ野々山そっくりなのだ。もちろんその女性はニセ野々山とは関係ない。最近とあるアイドルグループを卒業してソロ活動を始めたタレントが県警のキャンペーンに起用されたということのようだ。

「最近は似たようなアイドルが多すぎて、顔が覚えられないからなあ。最初にニセ野々山の顔を見て気づいていれば、もっと早くに真相がつかめたと思うんだよね」

カッコつけて言ったモオルダアだが、その内容はカッコイイかどうかビミョーである。スケアリーは彼の横で同じ写真を見ている。

「つまり、その…タヌキたちはこのポスターや看板に写っている人に似た姿になっていた、ってことなんですの?」

「多分ヤツらはモデルがないと化けられないんじゃないかな。だけど街の人間をモデルにしたら同じ人間が二人存在するってことになってしまうから、こういうポスターなんかからモデルを選んでたんだと思うよ」

「そんなことをしないで、適当な人間の姿になれば良いんじゃありませんこと?」

「そこにはタヌキの想像力の限界があるんだよ。実際に見たものにしか化けられない。その証拠に服に隠れている部分はどうなっているのか解ってないんだ」

モオルダアが得意げなのでスケアリーは反射的に反論したくなったが、あの夜の森の中でモオルダアが署長の姿をした何者かに「服の下がどうなっているのか?」というようなことを聞いていたのを思い出した。その時明らかに署長は動揺していたように見えた。

 そこまで考えた時に、スケアリーはこれまでの混乱ですっかり忘れられていたことを思い出して、こんなことをしている場合ではありませんわ!と、モニターを眺めていた顔をモオルダアに向けた。

「それよりも、署長はどうなったんですの?あの森にいたのは本物じゃなかったんでございましょ?それに今朝になっても署長は行方が解らないんですのよ」

そう言ったらモオルダアも慌てると思ったスケアリーだったが、モオルダアの様子はこれまでと変わらなかった。

「いや、署長はずっと署長だったんじゃないかな。さっきも言ったように、同じ人間が二人いることになるとすぐにおかしな事がわかるからね。現にキミのニセモノがボクのことを通報した時もすぐにそれがニセモノだって解ったでしょ」

「それじゃあ、あの署長は13年間も本物のフリをしていたって言うんですの?」

「それだけ平和な街ってことなんだろうね」

「それじゃあ、本物はどうなったんですの?」

「さあ。一応、紀尾三さんには話しておくべきだけど、その先はどうなるのか…」

モオルダアの説が正しければ、タヌキはモデルになる人間がいなければ化けることが出来ない。そして、そのモデルが実在していて、しかも近くにいる場合は混乱を避けるためにその人間に化けることはない。ということは本物の署長はどこか遠くにいるか、あるいはすでに存在していないか。

 なんとも言えない気分のまま、この街ではやることがなくなったエフ・ビー・エルの二人は東京へ帰ることになった。