11. 廃屋
モオルダアとスケアリーは車に乗り込むとグッタリとした様子でシートに沈み込んだ。一通り事件のことを聞いたところで上手く切り上げるつもりだったのだが、モオルダアが余計なことを言ったせいで事件とは関係のないことまで散々聞かされたのだ。もしかして当時の警察もほとんど質問しなかったのだが、小堀が一方的に喋って、それを小堀の方では根掘り葉掘り聞かれたと言っているのかも知れない。
それはともかく、10年以上前の事件というミステリアスな記録を見つけてやってきたのに、ここでも事件に直接つながるようなことは聞き出せなかった。しかし、一つ重要なことを聞けたことも確かだった。
小堀の話に出てきた野々山という人物には何かがありそうな気がするのだ。
「まったく、なんなんですの?」
スケアリーは事件のことを考えているのかは良く解らないが、疲れ切った顔をしていた。
「何が?」
「何が、じゃありませんわよ。なんであの人に『良い家ですね』なんてこと言ったんですの?こっちが一言喋ると、あの方は百も二百も喋るんですのよ。ホントにもう」
「そうは言ってもね。その百とか二百の中に一つでもヒントが隠されていたらそれは収穫なんだし」
モオルダアが言うことにも一理あるが、実際のところ小堀がついでに話した長い話からはヒントは得られていない。スケアリーはそれ以上何も言わなかったが、機嫌はよろしくないようだった。
モオルダアはさっきまで小堀の話を散々聞いていたので、スケアリーの喋り方が小堀に似てきているように思えてしまった。それと同時に、スケアリーと小堀の喋り方は似ているようで違うけど、どこに違いがあるのだろうか?と、どうでも良いことを考え始めそうになっていた。
モオルダアはこれではいけないと思い、集中するためにシートに埋もれた状態から姿勢を正した。
「やっぱり野々山という人が住んでいた小屋というのには行ってみた方が良いと思うんだけど」
スケアリーはそんな小屋があるのならすでに警察が調べているような気もしていた。しかしその小屋というのが森の公園から一番近い場所にある建物というのは気になるところだった。行方不明になっていた被害者たちは、意識のない間にその小屋に監禁されていたとか、そんな事もあるかも知れない。
スケアリーは少し荒々しくアクセルを踏んで車を発進させると森の公園の方へ向かった。
野々山の住んでいた小屋まで続く道は車で入るには狭すぎた。そのためにスケアリーは森の公園の駐車場に車を駐めてそこからは小屋まで歩くことにした。森の公園を出て県道を渡った公園でない森のある側を注意深く見ると人が歩けるような道が見つかる。
下草が生い茂ってほとんど道が見えなくなっているが、そこが野々山の住んでいた小屋へ通じる道のようだ。スケアリーはこの道の状態を見るとその手前で立ち止まって振り返った。
「ちょいと、モオルダア。これって、どう考えても何年も人が歩いてない状態じゃございませんこと?」
モオルダアも同じことを考えていたが、スケアリーが言いたいのは、ここを歩いたら靴やズボンが汚れないワケはですから、ここを歩くのはイヤですわ、ということだ。
「道は他にもあるかも知れないからね。問題はこの道じゃなくて小屋の方だし。そこを見ない限り事件と関係ないとは言えないよ」
そうモオルダアに言われるとスケアリーもしぶしぶ了解するしかなかった。しかし、モオルダアの真意は、何が待っているかわからない小屋に一人で行くのはちょっと怖い気もするので、一緒に来て欲しい、ということだった。
野々山が住んでいた頃でもこの道は人が一人やっと通れるぐらいの幅しかなかったが、草に覆われた今ではほとんど獣道といった感じである。さらに数十メートルも進むと草だらけになっていて、どこが道なのかも解らなくなってきた。
スケアリーは最初の方こそ靴とズボンが汚れないように、一歩進むたびに足を高く上げて次に足を下ろすべき位置を確認しながら歩いていたのだが、小屋に近づくにつれてそんなことをしても意味がないということに気づいて、無駄な努力をするのを諦めたようだ。それでも前を歩くモオルダアが踏んだのと同じ場所を踏んで歩けば少しはマシであった。ということはモオルダアのズボンは泥と草から染み出した緑の汁で悲惨な状態ということである。
やっとの事で小屋までやってきたエフ・ビー・エルの二人だが、そこに現れた小屋を見て呆然としていた。それは小屋というよりは小屋の痕跡だった。おそらく人がいなくなってからは使えるものだけは持ち出して、半分だけ取り壊されたのだろう。中途半端に壊されたのは、この小屋が勝手に使われることを避けるためだと思われる。小屋を使えなくするには屋根だけ壊せばだいたいは済んだようなもので、あとは自然の作用で勝手に朽ちていく。
一人が寝泊まりするのがやっと、という広さの屋根の取り払われた小屋は、風雨にさらされて脆くなり、今では四方を支えていた柱だけが残っているだけである。その柱も黒く腐っている。かつては同じ高さだった四本の柱は、それぞれが途中から折れていて、ここが小屋だったと知らなければ人工物にさえ見えない有様である。
「ちょいと、なんなんですのこれ?!」
「何って言われてもね…」
そう言いながらモオルダアは腐った柱の一つを軽く押した。グラグラする柱はもう少し力を入れたらそのまま倒れそうだった。
「あの人、あれだけ喋っておいて、この小屋がもうないってことは一言も言ってなかったからね。まあ、これじゃあこの小屋を何かの犯罪に使うなんてことは無理だな」
小堀が本当にこの小屋の今の状態を話してなかったのか、それとも話が長すぎて彼らがちゃんと聞いてなかったのかは解らない。とにかくスケアリーは服を汚してまでやってきたのに何もないということで機嫌が更に悪くなってきた。
モオルダアとしてはスケアリーが怒り出す前にここにきた意味を見つけないといけない。
「この小屋がこんなに小さいってことは、野々山って人の家は他にあったってことだよね」
「そうかしら?一人で暮らすのなら、この広さでも何とかなりますわよ」
「野々山に家族がいれば話は別だよ。さっき警察署の前にいた野々山って人。ここに住んでいた野々山の孫かも知れないぜ。とにかく事件に関係がありそうな人のことは調べておかないとね」
「あら、そうなんですの。それじゃあ、あなたは野々山の家を見つけて調べてくださいな。あたくしはもう一度警察の資料をあたってみますわ」
スケアリーは怒っているワケではなかったが、機嫌はさらに悪くなったようだ。スケアリーはあの若い女性が話に出てくるのがどうにも気に入らないのだが、意味もなく怒ったりしたらまるであの女性の若さに嫉妬しているように思われかねないので、平静を装っているということのようだ。だがそれはそれで納得がいかないので、スケアリーはずっと機嫌が悪いということになりそうだ。