「回人」

05. まだ森の公園

 怒れるスケアリーには近づかない方が良いし、この公園は街の中心から車で数分だった。なので歩いて街まで帰ったとしてもそれほど遠くはないと思って、モオルダアは一人で公園の捜索を続けることにした。

 この森の公園の中で何を見つけたら良いのだろうか。モオルダアはさっきスケアリーが言っていた、薬物を使って誘拐するという話を思い出した。サスペンスドラマで良くあるクロロホルムを染みこませた布で鼻と口を覆って眠らせるというようなやつの事だと思うが。そういうことに使った布や、薬品を入れる瓶のような物が落ちているとすれば、それはすでに警察の捜査の時に発見されているに違いない。

 警察が気付かないようなものといったら、やっぱりUFOの着陸した痕跡とかそんなものになってしまうのだが。ここはやはり雰囲気がないのだ。それはどういうことかというと、この森の公園はあまりにも整然としている。ざっと見渡しただけでも異常のないことが推測できそうなのだ。どこを見ても似たような種類の木々が並んでいる。多種多様な植物が複雑に絡み合うように生い茂っているという、そんな怪しげな森とは全く雰囲気が違っているのだ。そして、退屈な静けさ。どこからともなく得体のしれない生き物の立てる音が時々聞こえてくるようなこともない。だから、異常があればすぐに解るし、逆に異常がないことも解る。

 となると、気になるのは何か?と、モオルダアが考え始めたところに、少し離れたところを通り過ぎる車の音が聞こえてきた。ずっと静かだった森で聞こえてきた最初の音がそれだった。気がつくとさっきとは違う県道沿いにある入り口のすぐ近くまで来ていたようだった。

 この公園は思っていたよりもだいぶ狭いようだし、そこを警察が徹底的に調べたということなら、もう何も見つかりそうもないとモオルダアは思っていた。

 少し歩くと、やはり公園の森はそこで終わりになっていた。そして、さっき見たのと同じような案内の看板と、これまたさっき見たのと同じような駐車場という事になっている空き地が目に入ってきた。


 「ウッディ・パーク森林公園」というのはさっきここへやって来た時に案内板で見たこの公園の正式な名前のようだ。別の入り口までたどり着いたモオルダアは、再び案内板でこの名前を見て、どうしてこんな名前になったのか?とまた余計なことを考えそうになっていた。

 その時、彼は背後から声をかけられて息を吸い込んだのか吐き出したのか解らないような変な音の悲鳴を上げた。

「変な名前ですよね」

別に驚くようなことを言われたワケではないのだが、誰もいないと思っていたところに背後から声がしたら驚くのも無理はない。

 慌てて振り向いたモオルダアだったが、彼は慌てていても冷静を装わなければならなかった。そこにいるのが若い女性となれば、優秀な捜査官としてはちょっとした事で驚くような人と思われてはならないのだ。

「まったく、おかしなセンスの人がいたものだ」

驚きでまだ心臓がドキドキしているモオルダアだったので、気取って言ったつもりが、声が喉の奥に詰まって何と言ったのか解らないような話し方になっていた。

 そこにいた若い女性はしばらく何も言わずにただモオルダアの事を眺めていた。愛嬌のある目をしているが、どことなくトロッとしたような色気も感じさせる女性である。

「工事の人ですか?」

「工事?」

モオルダアはなんのことか?と思ったが、さっき紀尾三刑事がこの公園の再開発みたいな話をしているのを思い出した。

「ああ。ボクは違うけど。キミはこのあたりに住んでるの?」

「生まれてからずっと」

モオルダアは意外な感じがした。ここへ来てからこの女性のような若い人は見ていない。いたとしても高校生ぐらいまでの若者だったのだが。この街では彼女のような二十歳を過ぎたぐらいの若者はみな都会へ出ていってしまうとか、そんなことだと思っていた。

「このあたりの失踪事件のことについては知ってる?」

「あなた、警察の人?」

モオルダアがいきなり事件のことを聞いたので女性は疑るような視線でモオルダアを見つめた。

「いや、警察ともちょっと違うんだけど。エフ・ビー・エルっていって、警察なんかよりももっと優秀な人達が…」

「知ってますよ。この公園呪われてますから」

「エッ?!」

「嘘ですよ」

女性の目がまたもとの愛嬌のある目に戻った。

「でも、夜にこのあたりに来るのはよした方が良いですよ。なんか気味が悪いんです。ここを開発なんてしても悪いことが起きるんじゃないかって思ってます」

「そうなのかあ…」

モオルダアは言ったが、どういうことなのかは良く解っていなかった。でもそれでは良くないので、なにか良い質問はないかと考えていたのだが、その時モオルダアのスマホに着信があって、話はここで途切れてしまった。


「ああ、私だがね」

私と言われても困ると言いたかったが、モオルダアはギリギリのところでそれが紀尾三刑事の声だと気づいた。

「守山さんのことなんだが。急に意識が戻ってきたようでね。これから話を聞きに行くから一緒にどうかな?ってね」

紀尾三刑事は、まるで帰りに一杯やっていこう、とでも言うような口調で話している。それはともかく意識が戻ったのなら話は聞いておきたい。モオルダアは病院で紀尾三刑事と合流することにして通話を終了した。

 ここを去る前に、さっきの女性と少し話を続けようと思ったモオルダアだが、スマホをしまって顔を上げた時に女性の姿は目の前から消えていた。

 見回すと、公園の中へ続く道の先に一瞬だけさっきの女性の姿が見えたような気がしたのだが、曲がった道の先にその姿が隠れて見えなくなっていた。

 どっちにしろ最初に来た入り口まで戻ることになるのだし、追いかけるというワケでもないが女性がいたような気がする方へ急ぎ足で向かった。道の曲がっているところまで来たが、さっきの女性の姿は見えなかった。

 その場所から道は三つに別れていて、女性がどの道を進んでいったのかは解らなかった。モオルダアは最初の入り口の方へ向かう道を歩いたが、その道で女性に会うことはなかった。