「再会」

15.

 遺体を前にして動揺しているモオルダアは何も出来そうにないのでスケアリーが連絡するとしばらくして警察が町田さんの家だったアパートの一室にやって来た。そしてF.B.L.の二人が警察にこれまでの経緯を説明していると「ああ、あんた達…」という声が彼らの背後から聞こえてきた。二人が振り返るとそこには山村刑事がいた。

「あら、あなたは山村刑事様でしたわね。ずいぶんと勘が良いんじゃございませんこと?まだ何も説明をする前からあの事件と関係があると気がついたのかしら?」

スケアリーが言ったが、彼女は最初のオイタの事件の時に犯人にされそうになっていたので、多少トゲのある言い方になっていた。

「いや、そういうことじゃないんですがね…」

山村刑事はスケアリーが言ったこととは別の所でちょっと弱った感じになっていた。オイタ・ワカコの件についてはあきらめてはいないのだが、表だって動くわけにもいかず、形式上すでにあの事件は彼らの手を離れているのだ。そこへ遺体発見の通報があったのだから別の事件としてこうしてやって来たのだった。しかし、まさかF.B.L.の二人が通報したとは思っていなかったのだ。オイタの事件が殺人ではないという事になったというのは、この二人にあまり話したくなかったのだが、逆にここで二人に会うというのも彼にとっては何か因縁めいたものを感じさせる出来事でもあった。

「それで、どうしてあんた達がここに?」

「あなた方がモタモタしている間に、あたくしが実力を発揮してオイタさんの婚姻届の受理を手続きした町田という方の住所を突き止めたのですけれど、その住所に来てみたらこの有様でしたのよ」

そう言われた山村刑事は遺体の方を見た。今はすでにシートが被せられていたのだが、ここで発見されたのは老婆の遺体だと言うことはすでに聞いて知っていた。山村刑事はウーン…と唸ってからしばらく黙っていた後に静かに話し始めた。

「実はですね。あのオイタ・ワカコの件ですけど。警察では殺人ではなくて自然死という扱いになっていまして。我々はこれ以上捜査をすることができないんですよ」

「それは、おかしいですね。あの状況はまさしく…」

さっきからずっと喋ってなかったのを気にしたモオルダアがスケアリーがよりも先に反応した。

「そうなんだがね。私だってそれがおかしいことは解っているんだがな。それに、老婆の遺体発見の通報で駆け付けてみたらあんた達がいたりしてな。なにかイヤな予感がするんだよね。なんて言ったらいいのか…。何か大きな組織が何かを隠蔽しようとしているんじゃないか…。イヤ。これは考えすぎかな」

途中でスケアリーが「そんなことは有り得ませんわ」と話を遮ろうとしたのだが、山村刑事は自分で自分の話を遮った。ただ、それはモオルダアの好きそうな話題であったし、そこでモオルダアが話すのにちょうど良い間が出来た感じでもあった。

「何かを隠蔽するのに大きな組織はいりませんよ。それに、問題なのは小さな組織が大きな何かを隠蔽する場合です。人数は少なくてもそれなりの人間が集まればそういうことをするのは簡単かも知れないし、秘密が漏れることも少なくなるし。例えば役所に一人、警察に一人。それだけでも十分何かが出来そうですよね」

「ちょいと、モオルダア!」

モオルダアがいつものテンションになってきたのでスケアリーが慌てて話を遮った。半分は適当に言ったことだったが、モオルダアの話に山村刑事は少しギョッとしていた。もしかして、警察の上部の人間が殺人と知っていながらオイタの死因を自然死として捜査の打ち切りを命じたのか?と思うと、何か見てはいけないようなものを見てしまった気分にもなっていた。

「それで、警察にその小さな組織とやらの仲間がいたとして、彼らは何を隠そうとしてると思うんだ?」

山村刑事がモオルダアに聞いたが、適当に言ったことなので彼はそんな所までは考えていなかった。モオルダアの「ウーン、いや…あの…」という返事を聞いて山村刑事はちょっとガッカリしていた。

「とにかく、私らはそんな感じでオイタの事件に関して大っぴらに動けない状態だから、あなた方にも協力してもらいたいと思っているんだが」

「そのようですわね。言われなくてもあたくし達は常に最大限の努力で犯罪に立ち向かっていますから。間違ってあたくし達を犯人扱いするような事がなければ、いつでも協力いたしますわよ!」

スケアリーはまだ最初に犯人扱いされた事を根に持っているようだったが、それを言われると山村刑事も少し弱ってしまうので「ヘヘッ…」と苦笑いするしかなかった。


 警察が来て特にやることもないF.B.L.の二人は町田さんの部屋ということになっている部屋から出てアパートの外に出てきた。パトカーが駐まっていたり、警官が沢山いたりするので多少は野次馬がやって来ていたりしたのだが、見ていてもそれほど面白い事はないとわかると、辺りはそれほど騒がしくなることはなかった。

「どうしてあなたはいつもあんな事を言うんですの?」

スケアリーが少し怒った感じで言ったので、うつむいて何か考え事をしているようなモオルダアは慌ててスケアリーの方に視線を移した。

「なにが?」

「何がじゃありませんわよ!どうして警察の人間が今回の事件に関与しているとか、そういうことを平気で言えるのか、という事ですわよ。そんな適当な事を言うとあたくし達の信用にも関わりますわよ!」

「でも、ボクにはなぜかわかるような気がするんだよね。わかると言うよりも、誰かに教えてもらっているような気もするんだけど。とにかく、何か尋常でないことが起こっているに違いなんだけど」

そんなことを言ってもスケアリーが信じるわけはないのだが、モオルダアの表情からすると冗談を言っているとも思えなかった。

「何が言いたいのか全然解りませんわ!」

「あの遺体は多分、町田さんの遺体だと思うよ」

やっぱりそうなるのですわね、とスケアリーは思っていた。解剖台の上でミイラ化したオイタと同様に、町田さんも死んだ後に老化したというのだろう。

「あなたのおっしゃりたいことはだいたい解りますけど、今回は少し状況が違うと思いませんこと?オイタの遺体は最終的にミイラ化したんですのよ。それもあっという間に。さっきの遺体が町田さんだとしたらどうしてミイラ化してないのかしら?」

「それは、実際の年齢にもよると思うけどね。ボクの妻…つまりオイタは人間では有り得ないほどの歳だったけど、町田さんは人間でも有り得るくらいの年齢だったに違いないよ」

「つまり、何かの方法を使って、実際の年齢よりもずっと若い状態で生きていたという事ですわね。それはミイラ化の説明になっていますけれど、そう考える根拠はどこにあるんですの?わかっていると思いますけれど、あたくしは呪術みたいなことは絶対に信じませんからね」

モオルダアにもそれは解っていた。しかし、モオルダアは自分で言っている事が正しいと思えるのだった。最近見ている夢のせいなのかは解らないが。それを含めてなぜか確信が持てるような気がするのだった。

「だいたい、どうしてオイタはボクの名前の書かれた離婚届の横で死んでいたのか?とか。その辺から何かヘンだと思わない?」

「確かに、そうかも知れませんけれど」

「ボクの妻…じゃなくてオイタは、もしかすると何かをボクに伝えたかったんじゃないか?とも思えるんだよね」

それを聞いていたスケアリーはさっきからモオルダアがオイタのことを「ボクの妻」と言っているのがいい加減キモイと思い始めていたので、反論するのが面倒にもなっていた。しかし、モオルダアの言っている事も多少は理解できるので、どう返して良いのか解らない感じでもあった。

「もしもさっきの遺体が町田さんだったとしても、調べたら異常が見付かるに違いありませんわ。若返りのクスリなんてものがあるのならそれは大発見に違いありませんけれど。とにかくあたくしはあの遺体について詳しく調べることにいたしますわ。それから、あなたは家に帰って少し休んだ方が良いと思いますわよ。最近あなた疲れているみたいですし、そんな状態で霊能者みたいな推理をされたら、さすがのあたくしだってついて行けませんものね」

「まあ、ゆっくり眠れるのなら眠りたいものだけどね。ボクはボクで調べることもあるからね。まあ、今は休養も必要かも知れないけど」

そう言いながら微笑むモオルダアの表情にどことなく不吉な印象を覚えたスケアリーだったが、どうしてそう思えるのかは解らなかった。ただ、今回のモオルダアは何かヘンだとは思い始めていた。

「ちょいと、モオルダア…。大丈夫なんですの?」

歩いて行こうとするモオルダアの背後からスケアリーが声をかけた。

「まあ、大丈夫だと思うけど。キミの言うとおりに少し休んでみようと思うよ。まあ、キミはまだ調べることがあると思うし、電車で帰るからその辺は気にしなくても良いけどね」

「それなら、まあ…良いですけれど」

明らかにいつもとは違う曇った表情でスケアリーが自分を見ている事に気付いていたのかは知らないが、モオルダアはスケアリーを事件現場に残して立ち去ってしまった。スケアリーはモオルダアを引き留める理由もないので黙ったまま去っていくモオルダアを見ているしかなかった。自分の意見を聞き入れて帰って休むと言っているのだから、それで良いはずなのだが、何かが心のどこかに引っ掛かっているという感じは否めなかった。

 しかし、そんなことの原因を考えたところで意味はないので、スケアリーはこれまでの経緯を頭の中で整理すると、次にどこへ向かうべきかを判断して、そこへ向かう事にした。