「再会」

5. 警察署

 モオルダアが山村刑事について警察署にやって来ると取調室に入るようにいわれた。そして、モオルダアが取調室の椅子に座って山村刑事と机を挟んで相対して、そこでやっと何かがおかしいな?という事に気付き始めた。

「なんですか?」

この場所で言うにはあまりにも間抜けな言葉だったが、モオルダアの正直な疑問でもあった。そう言われた山村刑事もなんだかおかしいな?という気がしてきたようだった。

 山村刑事としてはモオルダアのボロアパートで彼に警察手帳を見せて、それで何もいわずについて来たのだから、これで全てはほぼ解決とさえ思っていたのだ。つまりモオルダアが妻とされている女性を殺害して、そして警察がやってくるともう逃げられないと堪忍して黙ってついて来たのだと。そう思っていたのだが、モオルダアは様子がヘンなのである。

「オイタ・ワカコさん。知ってますよね。いや、まだモオルダア・ワカコさんですが。ついさっき遺体で発見されましたよ」

「え?!」

モオルダアはそれ以外に何も言えなかったが、当然といえば当然である。ただ、どうして名前が二つもあって、一つは自分と同じ苗字なのか?というところが気になっていた。こんな苗字は恐らく日本に自分の家族以外にないとも思っていたのから。

 山村刑事はモオルダアの反応にさらにおかしな事になったと、少し弱っていた。それよりも、これはもしかすると我々警察に対する挑戦なのか?という気もしていた。証拠を何も残さず、つまり完全犯罪というのを成し遂げたつもりで、この男はワザと警察にやって来て「捕まえられるものなら捕まえてみろ」と、そういう事をやろうとしているのだろうか?山村刑事はこれはテレビドラマや映画みたいだ、と思ったのだが、彼の長い経歴の中でこんな犯人が実際にいるという話はまだ聞いたことがなかった。だが、そんなことを気にしていても仕方がないので、山村刑事はとにかく先を続けることにした。

「あなた、自分の妻の事も知らないなんてことはないでしょう?」

「いや、何を言っているのか解りませんが。それにボクまだ独身ですよ」

モオルダアはそう言ったものの、心の何処かに何かが引っ掛かっている感じもした。

「そんな嘘はいけませんよ。この人はあなたの妻なんでしょ?」

そう言いながら山村刑事は事件現場で撮影された遺体の写真をモオルダアの前に置いた。それをみてモオルダアはギョッとした。それはいつものように死体が怖かったからではない。そこにうつぶせで半分だけ見えている美しい女性の顔に彼の意識の奥底にある何かが過剰に反応したような感じだった。そして、なぜかモオルダアは最近毎日のように見ているあの悪夢を思い出していた。

 山村刑事はモオルダアの反応を見ながら、今度は事件現場のから捜査のために持ち出した生前のオイタの写真をモオルダアの前に置いた。それを見た瞬間にモオルダアの心の中にあったモヤモヤしたものが一つの明確な形となって彼を驚愕させた。

「アアアアァ!!!」

モオルダアは大きな声で解りやすい驚きの声をあげていた。こんな驚き方をされると山村刑事はますますモオルダアの事が解らなくなってくるのだが、モオルダアの方もどうしてこんな事になっているのか全く解らなかった。

「この人ボクの妻なんですか?!」

そんな質問は誰がどんな時にするのか?という感じなので、聞かれた方もどんなふうに答えたら良いのか良く解らなかった。

「キミ、もしかして記憶を失っているとか。何処かで頭を打ったりしてないか?何というか…、これまでの展開からすると…」

「いや、大丈夫ですよ。…いや、大丈夫でもないですが。今起きている事を冷静に受け止めようという努力はしています。でも、良く解らないから最初に聞きたいのですけど」

「まあ、いいが」

なんだかおかしな取調室になってきたようだ。

「今、ボクは取り調べを受けているんですよね?」

「そうだが」

「それって、ボクが殺人の容疑者って事ですか?」

「そうだが…」

モオルダアが必要な質問をして必要な答えが返ってきたのだが、そこから先に話は進まなかった。ただ、どうしてモオルダアが殺された女性と関わりのある人物なのかはなんとなく解っていた。いや、なんとなくではなく、明確に解ってはいたのだ。

「確かに、ボクはその人知ってますよ」

「そりゃ、結婚相手ならな。なんで別居していたのかは知らないが、離婚を持ちかけられてキミは逆上して殺してしまったんだろ?」

山村刑事は一番最初に彼が考えていた筋書きを話した。

「違いますよ。だいたい結婚しているなんて思ってませんでしたし。それに、その人に会ったのは一度だけで…。なんていうか…。どう説明したら良いのかと思うのですが…」

なぜかモオルダアは急に話しづらそうな感じになっていたのだが、このままだとさらに怪しまれる事になりそうなので本当の事を話すしかなさそうだった。


 ここでthe Peke-Filesの第一話ムッシューとマドモアゼルを思い出した方にはthe Peke-Filesマニアの証として特製テレカを差し上げたいのですが、無いので出来ません。


 詳細を知りたければ「ムッシューとマドモアゼル」を読めば解るが、とにかくモオルダアはなぜ彼が殺害された女性と結婚していたのかを話し始めた。

 その話によると、F.B.L.に初めて出勤した日に彼はある保険金詐欺にかけられたということである。F.B.L.にやって来たモオルダアのところに女性が、つまり殺されたオイタがやって来たのだが、モオルダアは彼女をペケファイル課のパートナーか、F.B.L.の事務を担当している人だと思っていたのだ。そして、彼女に言われるままに彼女の差し出す書類にサインをしていったのだった。

 しかし、彼女の正体は詐欺師でモオルダアは知らない間に婚姻届にサインをしていたのである。その他にいくつかの生命保険の契約書にもサインをしていた。そのまま行くと、モオルダアは数日のうちに不慮の事故に遭い死亡して、保険金は妻となったオイタが受け取ることになっていたのだ。そういうウソみたいな保険金詐欺に引っ掛かったのだ。

 サインをして印鑑も押してしまったモオルダアだったが、優秀な捜査官としてそれが詐欺だと気付くと迅速に行動して全ての保険の契約は解除していたのだ。

 しかし、疑問なのはどうして今までずっと結婚していた事になっていたのか?というところだった。巧妙な手口を使い、彼らは婚姻届と同時に離婚届にもサインをさせていたはずなのだ。そして、計画が失敗したら次のターゲットを探すために結婚は無かった事にすると思っていたのだが。


 そんな感じでモオルダアは説明した。もちろん美女のオイタを前にして最高潮に舞い上がっていた、なんてことは少しも口にしなかった。なので山村刑事は信じて良いのか解らない感じになっていた。

「そんな話を私に信じろというのか?」

「でも、事実ですし。今考えるとほとんど都市伝説ですけど。スキヤナー副長官に聞けば解る事ですが」

「うーん…。キミはF.B.L.の捜査官ってことだしなあ…。下手に勾留するわけにもいかないんだが…」


 思いもよらぬ展開に話が進まなくなって山村刑事は困ってしまっていたが、そこへタイミング良く川村刑事がやって来た。彼は病院で遺体がアッという間にミイラ化したという事の報告をしに来たのだったが、川村刑事がドアを開けたすぐ横からスケアリーが取調室に入って来てモオルダアのすぐ近くまで来た。

「ちょいと!どういうことですの?!」

スケアリーに聞かれたモオルダアがどう答えて良いのか解らないまま、何とか返事をしようと思ったのだが、それよりも早くスケアリーの鉄拳が飛んできた。

 ワケの解らないミイラ化事件や、モオルダアが結婚していたとか、それよりも前に自分も容疑者にされそうになったことや深夜に急に呼び出されたことなど、いろんな要素が重なってスケアリーのイライラが頂点に達していたので、モオルダアの顔を見たらとりあえず手が出てしまったということなのかも知れないが。スケアリーは山村刑事と川村刑事が唖然として彼女を見ていることに気付いて少し気まずい感じにもなっていた。

「殺人事件の容疑者なんですのよ!身内といえども手加減は許されませんわ!」

そう言って誤魔化せたのかどうか解らないが、山村刑事と川村刑事は驚いた表情を変えないまま、ただ頷くしかないような状態だった。モオルダアはスケアリーの鉄拳を喰らった鼻の横辺りを手で押さえたままうずくまっている。