「再会」

27.

 スケアリーは通話終了のボタンを押す度に「何なんですの?」と思いながら携帯電話を机の上に置いた。そしてアルフォートの箱に手をのばすと、うわの空で取り出した小袋を開けて一つを食べ終えると、うつむいてしばらく何かを考えているようだった。そして顔を上げて壁の時計に目をやると、さっきからまだ一分も経っていなかった。スケアリーはため息をつきながらまた携帯電話を手に取ると電話をかけた。そしてまた「何なんですの?」と思いながら電話を切って机の上に置いた。後は同じことの繰り返しである。

 スケアリーが電話をかけている相手はモオルダアに決まっている。彼が例の教団と関わりがあるのか?盗まれた甕を持っているのか?そんなところも気にかかっていたが、それよりもスケアリーは最近のモオルダアの言動が気になっていたようだった。

 明らかに睡眠がとれていない顔つき。それからオイタの家での彼の発言も気にかかっていた。あの教団の信者達が次々に自殺しているという状況も影響しているのかも知れないが、あの時の彼の発言は自殺願望ともとれるものであった。そして、なぜか思い出してしまうあの明治時代の写真。

 スケアリーは引き出しからあの写真を出してもう一度見てみようかと思ったのだが、なぜかそうするのが恐ろしかった。「これ以上見たって時間の無駄にしかなりませんわ」ということにして、一度引き出しにのばしかけた手を元に戻した。そしてその手を携帯電話にのばしたのだが「これ以上電話したって…」と思って、また元に戻した。

 こういう時にはどうすれば良いのか。すべきことを見付けるのは簡単なようで、そうでもない。今すべきことはモオルダアに連絡を取ることで、それが出来なければ何も始まりそうもない状態なのだ。しかし、モオルダアは電話に出ないどころか、今どこにいるのかさえ解らなかった。スケアリーは家で寝ているかも知れないなどと出任せを言っていたが、心のどこかにそんなはずはないという確信があった。どういう理由でそうなるのかは解らないことであり、スケアリーもそれは認めたくないことでもあった。

 きっと物事を深く考えすぎ何ですわね。モオルダアはモオルダアですもの。きっとそのうち何食わぬ顔でやってくるに違いありませんわ。

 そう思ってスケアリーは彼女の頭の中から不吉な妄想を振り払おうとしたが、やはりどこかに引っ掛かるものがあることは否めなかった。しかし、スケアリーとしてはそれで吹っ切れたことになっているので、一度立ち上がると部屋の隅の書類棚のところで何かを探し始めた。

 これ以上不吉なことを考えたくないスケアリーは、今さらそんなことをする必要があるのか解らないが、ペケファイル課に保存されている過去の未解決の事件や現象からミイラ化に関する物を探し始めていた。

 とは言っても、過去にそれほどミイラ化遺体の事件があったわけでもなさそうだった。レトロなホラー映画のせいでミイラ化が怪現象と思われることもありがちだが、ミイラ化自体は科学的な現象であり、今回のような科学的に説明出来ないようなミイラ化はペケファイル課に保存されている資料からは見付からなかった。

 資料を調べるのに時間をかけたスケアリーだったが、苦労が無駄に終わったと知って少し不機嫌になっていた。そして、そうなるのも全部モオルダアのせいですわ!と思って腹を立て始めていたが、それと同時に、あれだけ電話をかけたのに向こうからの連絡もないというところにも気付いて、やはり少し心配になってきていた。

 スケアリーは机の上に置きっぱなしになっている携帯電話を取ろうと手をのばしたが、ちょうどその時電話が鳴り出した。それまでずっと静寂に包まれていた部屋だったので、スケアリーにしては珍しくビクッとなってから携帯を手に取った。見ると思ったとおりモオルダアからの電話だった。

「ちょいとモオルダア!何なんですの?あなた、いったい何なんですの?F.B.L.の捜査官として、そしてあたくしのパートナーとして、いったい何なんですの?!」

これまでずっと「何なんですの?」と思っていたスケアリーだったので、そう言う気持ちも解らないでもないが、彼女が何を言っているのか全く解らなかった。

「なにが?」

「何が、じゃありませんわよ!あなた昨日はちゃんと眠ったんですの?それに今はどこにいるんですの?」

「まあ、あの睡眠薬のおかげで寝付きは良かったけど、寝覚めは酷かったかな。それはどうでも良いけど。どうやら最後の時が来たようだよ」

「ちょいと、モオルダア!?」

モオルダアが「最後の時」などと言うと今のスケアリーは過剰に反応してしまう。それがどんな「最後の時」なのか解らなかったが、スケアリーが想像できる範囲では、それは不快でないものであるはずがなかった。

「それは一体どういうことなんですの?」

「ちょっと思い当たることがあってね。ちょうどキミがボクの婚姻の記録を調べたように、ボクは自分の生命保険に関する記録を調べて見たんだけどね。あの保険金詐欺でボクが入っていた保険の記録を調べてもらったんだけど。その保険の契約を取り次いだ人とか調べてもらったら、スゴイ事実に辿り着いてね。まあ、残念ながらその人は老婆になって死んでいたりはしなかったけど」

「ちょいと、モオルダア!何を言っているのか意味が解りませんわよ」

「まあ、そうかも知れないけど。とにかくこれから『魂の泉』の本部ビルに来て欲しいんだけど。多分そこで面白いものを見せられると思うよ」

「それは一体何なんですの?『魂の泉』って」

「あれ?もう知ってると思ったけど。ボクの妻…じゃなくてオイタや町田さんも信者だった宗教団体だけど」

「それなら、知ってますけれど…」

「そうだよね。それから、あの刑事達にも来てもらいたいんだけど。キミは連絡がとれるのかな?…まあ、とにかく最後の時が迫ってるから、ボクは先にビルに向かっているよ」

「ちょいと、モオルダア!いったい、最後の時って…」

スケアリーはモオルダアの言っている「最後の時」が気になるのでその意味を聞こうと思ったのだがモオルダアは一方的に電話を切ってしまったようだった。

 スケアリーは電話での会話を頭の中で振り返って見た。するとなぜか取り返しのつかないような自体に陥った時のあの感覚を覚えて身震いしていた。それから急いで立ち上がると携帯電話で電話をかけながら、あの宗教団体のビルへと向かった。