17. ちょっと前のオイタの家
最初の事件現場であるオイタの家は、見張りの警官もいなくなって夜の闇の中でひっそりと静まりかえっていた。ただ立ち入り禁止のテープは貼られたままで、関係者以外が無断で立ち入ればマズい事になるのは間違いなかった。
スケアリーはオイタの家から少し離れた場所に車を止めると辺りの様子を探るようにしながら門の前までやって来た。そして、立ち入り禁止のテープを見ると少しためらったようにして立ち止まった。ここでこの中に無許可で入ったら、まるでモオルダアの言っていた事を信じているようですわね。と、そんな事を考えていたようだったが、それよりも前にあたくし自身が気になっていることを確かめる必要がありますものね、とも考えてスケアリーは思い切ってテープをくぐって門の中へと入っていった。
家の中に入るとスケアリーは車から持ち出してきた懐中電灯を点けて各部屋を調べていった。恐らく壁のスイッチを入れたら部屋の明かりが灯るはずなのだが、立ち入り禁止の家で夜中に明かりが点いているのはマズいに違いないのだ。懐中電灯の明かりを頼りに今回の事件に関する手掛かりを探すのは困難でもあったが、そこを気にしている場合ではない。
それにしても、スケアリーはここで何を探しているのだろうか?今では自然死となっているが、当初は殺人とされていたために、証拠となりそうなものは全て警察が押収しているはずなのだ。しかし、スケアリーには何かが気になって仕方がなかった。それは乙女の第六感、あるいは女の勘というやつかも知れないのだが、それだけではあまりにも非科学的なので、スケアリーはそのことはあまり考えないように手掛かりを探すのに集中していた。
どんなことにも科学的に説明出来る理由がある。見た目では魔法や呪術が行われたように思えても、そこで起きた全ての事象を分析すれば全ては起こるべくして起きたのだと証明できるはず。そうは考えていたものの、ここで探すべき物が何なのかという疑問に明確な答えは出せないまま、押し入れを開けたりタンスを調べたりしていた。
いくつかの部屋を調べて、スケアリーはあることに気付いた。オイタがここに一人で住んでいたとしたら持っている物が多すぎなような気がしたのである。ただし、オイタが本当に詐欺師であったのならそれらも商売道具になるのかも知れない。しかし、何に使う物なのか?という事を考えてもそういった事件は自分の専門外でもあるので良くわからなかった。
スケアリーが次に開けたタンスの引き出しには着物が入っていた。ちょっと素敵なガラですわ!とスケアリーは余計なところに興味を持ってしまいそうになったが、こんなものを探しているのではないので、その引き出しを閉めた。古い防虫剤の独特のニオイを嗅ぎながらスケアリーは次に小物を入れるような小さな引き出しを開けてみた。そして、スケアリーが懐中電灯で中を照らして見ると、そこには驚くべき物があったようだ。
「まさか、そんな!?」
スケアリーは一枚の写真を引き出しから取り出して、それに懐中電灯の光をあてて凝視していた。すると次の瞬間パッと部屋の明かりが点いて、スケアリーの背後で「動くな!」という男の声が聞こえた。
スケアリーは「しまった!」と思ったが、何とか冷静さを失わずに、背後にいる男に気付かれないようそっと写真を上着のポケットに押し込んだ。
「両手を挙げてゆっくりこちらに振り返りなさい」
男がそう言うとスケアリーは言われたとおり両手を挙げて振り返った。そして男と顔をあわせるとお互いに「あら?」という表情になっていた。
「こんな所で何やってるんですか?」
そう聞いたのは川村刑事だった。
「それは…。捜査に決まっていますわ!それに、あなたこそこんな夜中に何をしているんですの?あなた方の捜査は打ち切られたって聞きましたけれど」
「いや、そうなんですが。病院であんなおかしな事が起きて、あれが自然死だなんて思えませんからね。山村刑事と一緒にこっそり色々調べてるんですけどね」
「そうなんですの。それで、ここには何を調べにやって来たのかしら?」
「まあ、なんて言うか、ちょっと引っ掛かる部分があって、来てみたんですけどね」
「そんなことではいけませんわよ。直感だけを頼りにしていたって何も解決いたしませんのよ」
直感だけを頼りにやって来たスケアリーだったが、自分の上着のポケットの中の物が気になって適当な事を言っているようだ。
「でも、気になるって思ったのならそれなりに理由があるって事ですから」
そう言いながら部屋の中を見まわす川村刑事がなんとなくモオルダアみたいに思えてスケアリーはだんだんイライラしてきた。そうとは知らず何かを探していた川村刑事は目的の何かを見付けたらしく「ああ、やっぱり!」とちょっと声をうわずらせた感じで呟いた。
「どういたしましたの?」
「これなんですよ。ここに貼ってある御札(オフダ)」
川村刑事が指さす先を見ると、その壁には御札と言えば御札という感じの紙が貼られていた。ただしそこに書かれている文様のようなものは、温泉を表す地図記号にも似ていて、少し神聖な感じに欠けているようにも思えた。
「これ、町田さんの部屋にも貼ってあったんですよ。私はそれを見てどっかで見たことがあるなぁ、って思ってたんですけど、やっぱりここだったんだぁ。私は意外とこういうところに良く気付くんですですけどね。二枚の絵を比べて間違いを見付けるあの『間違い探し』以外で、やっとこの能力が役に立ちましたよ!」
川村刑事は盛り上がって嬉しそうなので聞いてもいない事を話してくれた。そのおかげでスケアリーにはちょっとヤバイ状況からの逃げ道が簡単にできたも同然だった。
「あら、そうでしたの。あなたもそこが気になっていたのですわね。あたくしも町田さんの部屋でそこが気になっていてここに来ていたんですのよ。オホホホッ!でももう少しのところであなたに先を越されてしまいましたわね。でもその御札についてはあなたのお手柄ということで、その件についてはあなた方にお任せして良いかしら?あたくしにはまだ調べたいことが沢山あるんですのよ」
「まあ、それならそうしますけど」
嬉しくて盛り上がっている川村刑事は何の疑いもなくスケアリーの言うことを聞き入れていた。
「それでは頼みましたわよ。あたくしはそろそろ行かないといけませんわ。それじゃ、ごきげんよう!」
そう言ってスケアリーはちょっと無理のある笑顔で部屋を出て行った。そして急いで玄関まで来て、家を出ると顔を引きつらせながら走って自分の車のところに向かった。
部屋に残った川村刑事は少しニヤニヤしながら御札の写真などを撮っていたが、ふと「あのF.B.L.の二人ってこの部屋に入ったことあったのか?」と思ってしまった。しばらく考えてみたが、特にそれが問題になるとも思えなかったので「まあいいか」ということで、そのまま作業を続けた。
自分の車のところに戻ってきたスケアリーは運転席に座ってドアを閉めると、ポケットから先程の写真を取り出した。そしてバックミラーのすぐ近くにある天井のランプをつけてその写真をもう一度良く確認してみた。
「そんなことって、有り得ませんわよ…。ヘンタイなんですのよ…!有り得ませんわ…」
写真を見ながらスケアリーは心の中でそんな感じの言葉を繰り返していた。