「再会」

20. F.B.L.ビルディング

 スケアリーはペケファイル課の部屋で資料を読みながら、机の上に置いてあるブルボンのショコラセーヌの箱に手をのばした。資料から目を離さないまま箱の中を探っていたのだが、いつの間にか全部食べきっていたようで、中はカラだった。

 あらイヤだ、と思いながらスケアリーが机の上を見ると開けられた小袋が無造作に散らばっていた。スケアリーはその小袋をまとめて箱に押し込むと、それをゴミ箱に入れてまた資料に集中した。集中したところで、そこにはもうほとんど読むべきところなどなかったのだが、スケアリーにとっては気になるところが多すぎたのだ。

 その資料には、スケアリーがオイタの家から持ちだした写真の鑑定結果が書いてあった。あの写真はすごく古い時代に撮られたもので、後から合成したり、撮影時に細工された痕跡は見付からなかったという意味において本物の写真である、ということが書かれていた。そして、印画紙を鑑定した結果恐らく明治時代に撮られた写真であろう、とも書かれていた。

 それだけなら普通なのだが「でしたら、この写真に写っているのは誰なんですの?」ということが気にならないわけはない。スケアリーは鑑定結果の報告書と一緒に戻ってきた写真を封筒から取り出して、今度はそっちをじっと眺めた。

 オイタの隣に、どう見てもモオルダアにしか見えない男が写っている。明治時代の写真にオイタとモオルダア。一体何なんですの?病院であっという間にミイラ化したオイタと、その隣にモオルダアと明治時代。一体何なんですの?まさかモオルダアの言っていた事が本当だとして、オイタが死んで元の姿に戻ったとして。一体何なんですの?それじゃあ、モオルダアも死んだらミイラになるのかしら?一体…。

 考えながらスケアリーは少し恐ろしくなってきた。モオルダアが明治時代の写真に写っているのは、彼が明治時代から生きていたから、と考えるのはバカげているのだが。その可能性も否定できないとなると、それは恐ろしい事に違いない。

 その時、誰かがペケファイル課の部屋の扉をノックしたのでスケアリーは慌てて写真を封筒に押し込んで、それを机の引き出しにしまった。

「どなたかしら?」

スケアリーがそう言うとゆっくり扉が開いて、山村刑事が「やあ、どうも」と頭を軽く下げながら入って来た。

 どうも、と言われてもスケアリーは「どうぞ」と言っていないのに入って来た山村刑事に何なんですの?と思っていたが、山村刑事はそれどころじゃないという感じで少し困っているようだった。


「コレはちょっと面倒な事になって来ましたな 」

山村刑事は入ってくるなりくたびれた感じで話し始めた。スケアリーはいきなり何なんですの?と思ったのだが、どうやら山村刑事はF.B.L.を頼ってやって来たようなので、黙って話を聞くことにした。

「スケアリーさん。人はどうしてこう簡単に死のうとか、そんなことを考えるんですかねえ?」

黙って聞いていたスケアリーだったが、いきなりおかしなことを言われたので、黙っているわけにもいかなくなった。

「ちょいと、何なんですの?それはあたくし達が捜査している事件と関係があるのかしら?」

スケアリーに言われると様々な光景や考えがが頭の中を行き来していたような感じの山村刑事がふと我に返ったようになった。

「ああ、これは失礼。どうにも私としてもこれまでに経験したことがないようなことが次々に起こるもんで、どうにも冷静になれませんな」

スケアリーは「ですから何なんですの?」と言いたいのをこらえながら聞いていた。

「前に言ったとおり、我々はオイタの事件から手を引いたということになっているのですが、どうにも理解しがたいことが起きて、それがどうやらオイタの事件に関係しているような気がするんですよね」

そう言いながら山村刑事が数枚の写真をとりだした。

「どういうワケだか、昨晩から今日まで異常な数の自殺者が出ましてね。まあ、自殺と言っても人が死んでいたら殺人の疑いもあるのだから我々も現場にいかなきゃならんのですが。そうしたら、自殺者達には怪しい共通点というか…。あなたも知ってると思いますが。…これなんですが」

山村刑事の話し方だとずっと「ですから何なんですの?」という感じで話を聞かなければいけなかったスケアリーだったが、山村刑事が写真をスケアリーの方に差し出したので、これでやっと話が見えてきそうですわね、ということになってきた。

 スケアリーは写真を受け取ると一枚ずつ見ていった。それは自殺の現場写真だと思われたが、それよりも重要な何かが写っていることはスケアリーにもすぐに解った。

「これってもしかして…」

スケアリーが言うと、山村刑事が一度頷いてから話を続けた。

「あなたも気になっていたということですが、川村が気付いたあのシンボルマークなんですよ。オイタと町田さんの家に貼ってあったあの御札。それが自殺者の家全部で見付かったんですよね」

スケアリーはもう一度写真を一枚ずつ確認していったが、あの温泉マークにも見える文様の描かれた御札がどの写真にも写っていた。

「それで、この御札はどういったものだか解ったんですの?」

「ええ、もちろん。こうなる前から川村と調べてましたからね。どうやらその御札に描かれているのは宗教団体のシンボルマークみたいなんですよ。これまで長年私はあの地域で刑事をやって来て、そういう団体があることを知らないなんて、恥ずかしいことですが。そうはいっても、特に問題を起こすような団体じゃないし。新興宗教というには少し歴史が古い感じで。これまで特に怪しいことはなかったもんで…」

山村刑事の話は多少言い訳じみていたが、そこはどうでもいいことだった。

「それで、その宗教団体のことは調べたんですの?」

「そこなんですがね。本部というところに行って話を聞こうと思ったんですが『総師』とかよばれている人が亡くなったとかで。それで詳しい話を聞ける人はいないなんて言われてね」

そこまで聞いたスケアリーは「総師(ソウシ)」というのが「総帥(ソウスイ)」の間違いではありませんこと?と思ったのだが、でも言葉で説明されたのなら間違えようがないですわね、と思ってそこは気にしないことにした。

「その方の死と関係があるのかしら?御札が貼ってあるということは、全員が信者だったってことでございましょ?」

「そういう考え方もあるかも知れませんが。ただし教団のトップが亡くなったからってそんなことになりますかねえ?カルト教団で集団自殺というのはどこかで聞いたことがありますが、今回はそれとはちょっと違いますし。それに、教団のトップはこれまでに何度も交代しているはずですよ。なにせ明治時代からある宗教団体ですからね。トップが亡くなる度に後追いみたいな自殺者が増えてたらすでに問題になっていたと思いますが」

スケアリーはそれを聞いて驚きを隠すのに必死だった。山村刑事のいった「明治時代」という言葉が鈍く重たい衝撃となって襲ってきたような感じがしていたのである。

 これはきっと何かがありますわ!その教団にもオイタにも、町田さんにも。そしてモオルダアにも?そこまで考えた時にスケアリーは肩が震え出しそうになるのを感じて、思わず立ち上がってしまった。山村刑事はいきなり立ち上がったスケアリーを見て「なんなんだ?」と言う感じだったのでスケアリーは少し気まずい感じだったが。

「こうしてはいられませんわ!すぐに対策を講じないと、さらに死者が出ますわよ!」

そう言ったら上手く誤魔化せたようで、山村刑事も立ち上がって「そうですね」と言ったのだが、一体何をすれば良いのか?ということは良く解っていなかった。

 スケアリーも立ち上がったものの、どこに向かえば良いのか解らずにどうしようかと、少しの間ヘンな空気が部屋に流れたのだが、ちょうどタイミング良く部屋の扉が開いて川村刑事が入って来た。彼もまた山村刑事と同様に困った感じだった。

「ちょっとおかしなことになってきましたよ」

すでに十分に「おかしなこと」にはなっているのだが、そんなことは気にせずに川村刑事が言った。

「何かあったのか?」

「あの例の宗教団体について、聞いて回ってたんですがね…」

そこまで話した時に川村刑事はここが警察署ではなくてペケファイル課の部屋だと言うことを思いだしたようだった。そしてスケアリーの方をチラッと見ると「ああ、どうも」と簡単すぎる挨拶をした。川村刑事としては一応気を使ってしたことなのだが、そんな態度がスケアリーをイラッとさせないワケはなかった。それはともかく川村刑事は先を続けた。

「おかしなウワサ話があってですね。あの教団の信者には自殺志願者が多かったってことなんですよ」

「そうなのか。それじゃあ、もしかすると昨日からの自殺者達については説明がつくかも知れないな。総師というのが亡くなって、救いの道が絶たれたと考えたらそういうことになるかも知れないしな」

「いや、そういうことじゃないんですよ」

川村刑事が「おかしなことになった」と言ったからにはそんな単純な話ではないようである。

「どうやらあの教団の信者になると自殺をせずに死ぬことが出来るってことなんですよ。どんな宗教でも自殺を推奨することはないですし、大抵の場合は宗教的には罪にもなったりしますが、あの教団に入ると自然に死ぬことが出来るってことらしいですよ」

「ちょいと!いい加減にしてくださらないかしら?いったい誰に聞いたらそんなデタラメを話すっていうんですの?」

イラッとした上に怪しげな話を聞かされたスケアリーが強い口調で言ったので川村刑事は少しひるんだようだった。

「いや、なんていうか…」

「そうだな。そんな話は簡単には信じられないんだが」

「あの教団の建物の近くにいた中学生に聞いたんですけどね」

「それって都市伝説か何かじゃございませんの?」

「それに、なんで中学生なんかに聞き込みするんだ?」

川村刑事は二人から色々言われて少し弱っていた。

「いや、聞き込みをしたワケじゃないんですけど。自転車の二人乗りを注意したついでに…」

「そういう注意とかは刑事のキミがやる事じゃないだろ」

「そうですが、なぜかそんな所にヘンな正義感があって。二人乗りとか危険ですから」

「それはどうでもイイですわ。それよりも、どうやらたくさんやるべきことが出来たようですから、それぞれの持ち場に戻って捜査を続けるべきですわね。あたくしは引き続きオイタのミイラ化や周辺のことを捜査いたしますわ」

ここで二人の刑事はペケファイル課の部屋から出て行こうとしていたのだが、川村刑事がなんとなく思い出したように聞いた。

「ところで、モオルダアって人は何してるんです?」

スケアリーはここでモオルダアの事はあまり思い出したくなかった。今回のモオルダアは怪しいことだらけなのだ。なぜか結婚していた事以外にも謎の写真に写っていたり、考えれば考えるほど彼女を不安にもさせていた。

「知りませんわ!あんな人」

この返事は二人の刑事には理解しがたかったが、ケンカでもしたのかな?とか思ってそのまま部屋を出て行った。