「再会」

16.

 モオルダアは明かりの消えた廊下を静かに歩いていた。焦る気持ちを抑えながらなるべく音を立てないように歩いていた。そして一度立ち止まると、自分の持っている物を確認した。彼の手には包丁が握られている。それを見てからまた歩き出した。急ぎながらゆっくりと。

 モオルダアはある部屋の前に来ると、そこで止まってドアに耳を近づけて中の様子をうかがった。中からは何も聞こえない。しかし、その部屋に人がいることは解っていた。

 そっとドアを開けると、それは音を立てずに開いた。部屋の中にはドアの方に背を向けて一人の男が椅子に座っていた。モオルダアはこのまま男の後ろに忍び寄ってこの男を持っている包丁で刺し殺すはずだ。なぜかは知らないが、そうなることが解っていた。そして、少しずつ男に近づいて行ったが、座っている男はモオルダアに気付く気配はなかった。むしろ、知っていても気付かないフリをしているのかとも思えた。

 このままでは自分がこの男を殺してしまうと思ってモオルダアは怖くなってきた。しかし、自分で歩いて男に近づいて行き、もっている包丁を男に刺す瞬間が迫ってきている。もう、そうするしかない。他に手はないに違いない、そう思いながら男の背後で包丁を振りかざした時に耐えきれなくなったモオルダアはウワッとなって起き上がった。


 いきなりなんだ?という事だったのだが、モオルダアはまたヘンな夢を見ていたようだ。スケアリーに言われたとおり、というよりも、スケアリーに言われなくても家に帰ったら寝るつもりだったモオルダアだったが、またしても彼が想像していたのとは全く違う夢を見たようだった。そろそろドロドロでもミイラでもないオイタとの甘い夫婦生活の夢が見られると思っていたモオルダアだったが、なぜか夢というのは自分の思ったとおりにならないようだ。しかも今回は誰かの意志によって夢が操作されているような気がするとさえモオルダアは思っていた。

 モオルダアは上体だけを起こしてさっきの夢について考えていた。実際にはそうならなかったが、人を殺す夢などは殺されるのよりもずっと悪夢に違いなかった。それから、さらに夢の光景を思い出してモオルダアはゾッとしていた。

 モオルダアが夢の中で最後に見ていた男の後頭部。あれは自分のものだったのではないか?と、そんな気がしてきたのだ。自分の後頭部など滅多に見る機会はないのだが、髪を切りに行くと最後に美容師に合わせ鏡で見せられるあの後頭部。「どうですか?」と聞かれても「まあ、大丈夫です」としか答えられないような、滅多に見ない自分のビミョーな後頭部。夢の中で見ていたのはあの「後頭部」に違いなかったのだ。

 これには何か意味があるのだろうか?そう考えてモオルダアが腕組みをして考え始めたちょうどその時、彼の部屋のドアを叩く大きな音がして、モオルダアはいつものようにギョッとなってドアの方に向かって身構えた。

 時計を確認するとすでに0時を過ぎていた。この時間に誰が来たのだろうか?モオルダアは起き上がると一度モデルガンを手にしてドアの方に向かったが、それではダメな気がして、部屋の中を見まわすと「鈍器のような物」を見付けてそれを手に取ると、静かにドアの方へと向かった。

「はい、どなたですか?」

モオルダアは「鈍器のような物」を体の後ろに隠したままドアの方に向かって言った。外からは返事がなかった。モオルダアは片手をドアノブにかけて静かにドアを開けた。反対の手に持った「鈍器のような物」はいつでも使えるように腕に力を込めていたのだが。

 そうする意味はあまりなかったようで、ドアの外には誰もいなかった。モオルダアは開けたドアから顔を出して外を確認してみたが、さっきここに来た誰かはすでにどこかに逃げてしまったのかも知れない。「何だろう?と思ってモオルダアはさらにドアを開けて外に出てみると、足下の荷物につまずいた。こんな所に荷物を置いた覚えのないモオルダアがそこを確認すると、ミカン箱ほどの大きさのダンボールが置いてあった。そして宛名以外に何も書いていない送り状もついていた。「まさか宅急便か?」とも思ったが、時間を考えたらそんなワケはなさそうだ。きっと何かあるに違いないと思ってモオルダアはそのダンボールを持って部屋の中へ戻った。