31.
魂の館に大勢の警官達がやって来るとモオルダアとスケアリーのいる場所がなくなってきたので、彼らは一度外に出ることにした。途中で山村刑事と川村刑事が例のうつむき加減の女性に話を聞いているようだったが、ワカイの死がショックだったのか、彼女は涙を流しながらそれに答えていた。
「あの方は、ここで起きたことの詳細を知っているのかしら?」
「さあ、どうだろうね。ボクが見た感じでは熱心な信者という感じだし。そういう人はすぐ近くで起きている事に対しても現実が見えなかったりするからね」
モオルダアがスケアリーの聞いたことに答えたが、彼女もおおかたそんな感じだと思っていたようだ。しかし、さっき部屋で起きたことはどうすれば説明がつくのか。それに、これまで起きたこと全てに納得のいく理由があるのか、スケアリーはそこが気になっていた。
ビルの外に出ると事件現場らしくパトカーが数台駐まっていて、一般人の立ち入りが出来ないようにテープが張り巡らされていた。二人はその内側の誰の邪魔にもならなそうな場所を見付けて立ち止まった。
「それで、何が起きたのか説明してくださるのかしら?」
「まあ、少なくともボクが納得出来るだけの説明は出来るけど」
これはどうやらかなり非科学的な物事が出てきそうな予感がした。ただしスケアリーとしては、これまでどうしても解らない事だらけだったので、そんな説明でも聞かないよりは何かの手掛かりになるかも知れないと思っていた。
「一つの重要な点を無視すると解りやすいんだけどね。ほぼ不老不死の力を手に入れたこの教団の幹部達だけど、若返りアイテムを失って全員死んでしまったんだよ。彼らは全員あの甕こそが若返りのアイテムだと思っていたようだけど。あの甕から水を飲むとそれを飲んだ人が死に、代わりに彼らを若返らせるという感じでね」
「先程の騒動から察するとそのようですわね。でも実際には違いましたわね。それはきっとそんなアイテムは存在しないし、不老不死なんてことは科学的に有り得ないからに違いないですわ」
「ただ、彼らがみな死ぬ前後に老化やミイラ化しているのはなぜかと考えると、やはり彼らは若返っていたのだし、人間では有り得ない年だったと推測できるよね。…いや、そこはそういうことだとしておかないと話が先に進まなくなるんだけど」
そういうことなら仕方がありませんわね、とスケアリーはとりあえず反論せずに頷いていた。
「甕に力がないということに最初に気付いたのはオイタだったみたいなんだ。彼女が遺体で発見される数日前、彼女はある女性を訪ねていたらしいんだけど。その人の名前は保坂険子(ホサカ・ケンコ)といって、元保険会社の社員。例の保険金詐欺の時にボクの保険に関する書類を処理した人でもあるんだよね。つまり、あの教団と関わっていた一人だけど。そのホサカさんのところへ行って、オイタは彼女に全てを話したということだよ」
ここまでではまだなんのことだかさっぱりだが、スケアリーは上手いこと誤魔化されないように気を抜かないようにしていた。
「全て、って一体なんですの?」
「まず一番重要なところから話すとね、ホサカさんはオイタから自分がオイタの子孫だということを知らされたんだよ。普通はこんなことはなかなか信じないと思うけど、教団と関わっていたり、日頃から自分の出生に関して疑問を抱いていたらしくてね。それでオイタから自分の親からその親、そのまた親の話を聞かされていくうちに、本当にオイタが自分の祖先であると信じたようだよ。そして、オイタの計画に協力することになったんだ」
「計画って、これまでのことは全て仕組まれていた、ってことですの?」
「さあ、どこまでが彼女の仕組んだ事なのかは解らないけど、オイタはこの教団を終わらせたかったに違いないよ。本当の目的はホサカさんのもう一人の先祖、つまりオイタの本当の夫の仇を討つことだったのかも知れないけど」
オイタの本当の夫と聞いて、スケアリーはちょっとドキッとしていた。
「そして、ボクもいつの間にか彼女のために動いていたかも知れないんだよね。とにかく、ホサカさんはオイタがこのビルからから持ち出した甕を誰にも見付からないように隠していた。その間にオイタの家で事件が起きて、現場の状況から容疑者になったボクが呼び出されたりしてたんだけど。それからボクらが本格的に捜査に乗り出すと、ホサカさんはボクの家に甕を持ってきた。もちろん直接ボクに渡したりはしなかったけど。そうなると、ボクはその甕には何か意味があると思うよね、でも実際にはそうじゃなかった。どうしてそんな何の価値もない甕をボクの手に渡す必要があるのか?と思ったけど、オイタはボクが甕について調べて回っていれば、そのうちワカイがやって来ると解っていたみたいだね」
「ちょっと待ってくださるかしら?あなたが言っている事はだいたい理解できますし、どう考えても科学的じゃないことは解りますわ。でも甕に力が無いのにどうして彼らは不老不死になれることが出来たんですの?」
「そこなんだよね。総師という人が甕を持ってきたところから始まっているんだし、誰もが甕に不思議な力があると信じていたんだけど、100年以上もこの不老不死の地獄から逃れたいと願っていたオイタには、何かがおかしいと解ったみたいなんだよ」
「それはどういうことですの?永遠の若さとか、不老不死とか誰だって望むものじゃありませんの?オイタはそれを望んでいなかったって言うんですの?」
「生きる意味も無いのに生き続けて死ねないというのは、ある意味地獄だからね。オイタは最愛の夫を殺されているんだ。しかも殺したのはこの教団の人間。魂の泉では結婚は禁止みたいなんだ。普通の信者はともかく中心メンバーみたいな人達はね。でも、どうしてもその夫と一緒になりたかったオイタは駆け落ちみたいな感じで教団から逃げだして暮らしていたんだけど、とうとう逃げ切れずに見付かってしまって、オイタは教団に連れ戻され、そして哀れな夫は銃殺されたってことだけど」
「それは、酷いですわ。何も殺すことはないのに」
「そうだけどね。まあ、今とは時代が違うし、その辺の考え方にも違いがあったのかも知れないけどね。とにかくオイタは再び教団に戻されて望まない永遠の若さを手に入れることになったんだけど。そして100年以上経った、つい最近になってやっと気付いたということなんだ。最近と言っても数年前らしいけど。その頃からあることに気付きはじめて、そして数日前にそれを確信したってことだけど」
「なにがですの?」
「自殺志願者達が自然に死ぬことが出来たり、代わりに彼らが若返ったりするのはオイタの力によるものだった、ということをね」
「なんなんですのそれ?それだけのことをして自分で気付かないなんてことがあるんですの?」
「そうなんだけど。でも、結果を見ればこのとおり、ということだし。ホサカさんが言うには、彼らの中で唯一心から信者のことを思っていたのはオイタだということなんだよね。詐欺師であるという裏の顔もあるけど、本当は心の優しい人だったみたいだね。その気持ちが彼女の不思議な力をいつの間にか発揮させていたようなんだけど。ただし、信者の苦しみを死以外の方法で救えると心のどこかで思っているような時には、その力が発揮されないことに気付いて、それでそれが自分の力なんだと確信したみたいだよ」
聞いていたスケアリーの表情には少しも納得した様子は見えなかったがとりあえず一度頷いた。
「でも、どうしてわざわざ甕を盗んだりあなたを巻き込んだりしたんですの?オイタがその力を使わなければ教団は簡単に潰せるんじゃないかしら?」
「それはそうだけど。オイタの目的は教団が、特にワカイがどんなことをしていたのかを誰かに知ってもうことだったんだよ。法的に彼らのしていたことが犯罪であるとは言えないけれど、決して正しいとは言えないことだし。それにオイタ以外はいつしか救済よりも永遠の若さのために活動をするようになっていたということだしね。それから、ワカイはきっとボクがオイタのあとを追って死にたがるだろうと思うに違いないって、オイタが言ってたみたいだけど。どういう訳かワカイの最後はボクに見届けて欲しかったみたいなんだよね。ホサカさんが言うには、どうしてそうなるのかはオイタの家を調べれば解るように細工しておいたけど、上手くいかなかったって」
スケアリーはハッとしてあの写真のことを思い出していた。あの写真を見ればどうしてそうなるのかはすぐに解ったに違いない。どうやらあの写真に写っていたモオルダアは実はモオルダアにそっくりなオイタの本当の夫ということのようだ。
「おかしいですわね。あの家は警察もあたくしもよく調べたんですのよ。オホホホホッ…」
スケアリーはあの写真のことを言い出せそうになくて、適当に誤魔化していた。
「そうだよね。でも、オイタはあの詐欺の件でボクに会ってから重要なことを思い出したと言っていたらしいよ。それでやっと自分の秘密の力に気付くことが出来たって。どういうことか解らないけど、ボクの能力が彼女にちょっとした影響を与えたってことかな」
そんなことはなかったが、スケアリーは否定もせずに軽く微笑んでいた。
「モオルダア、あなた生まれ変わりって信じていますの?」
「ん?!いや、特に肯定も否定もしないけどね。なんで急にそんなことを聞くんだ?」
「ウフッ。ちょっと思っただけですわよ。もしもオイタが本当にそんなに長く生きていたのなら、誰かが死んで別の人間として生まれ変わって来るところも見たかも知れませんでしょ?」
「そうかも知れないけど。なんか珍しいことを言うね」
「そうですわね。きっとあたくしは疲れているんだと思いますけど。ウフフッ。それよりも、さっきのあの部屋に行く前にどうしてあたくしに事情を説明してくれなかったんですの?もしもあの水に毒でも入っていたら、あなたがどうなっていたか解らなかったんですのよ!」
「そうはいっても、急がないとワカイの最後の時は近づいていたし。それに、キミの向かってウィンクしたの、気付かなかった?」
「気付きませんわよ!それに、気付いていたとしても気持ち悪いですわ!」
気持ち悪いとはどういうことか?とモオルダアは思ってしまったが、そろそろ彼の説明は終わりのようだった。二人は一度先程の現場に戻ると驚いている山村刑事と川村刑事に会った。どうやらワカイの遺体がミイラ化したようだが、二人の刑事と対照的にF.B.L.の二人はそれほど驚いていなかった。そして、モオルダアが恐らくあと数体のミイラが発見されるかも知れないけど、騒動はすぐに収まると説明すると、F.B.L.の二人は現場から去っていった。