24. 次の日・怪しいビルディング
ここは最初の事件現場であるオイタの家やその後にスケアリーの行った区役所や第二の事件現場である町田さんの家の近くでもある場所にあるビル。そして、そこはモオルダアとスケアリーが町田さんの家に向かう途中、その場所ににつかわしくない人だかりを発見した場所でもあった。
これだけ書けばこのビルが事件に関係ないわけない、ということになるのだが。どうやらそのようで、山村刑事と川村刑事のコンビがこのビルにやって来て中へと入っていった。
以前にも二人はここへ話を聞きにやって来ているのだが、その時と同じように二人が中に入ると薄暗い表情のやせ気味の女性がうつむいたまま二人のところへやって来て用件を聞いた。そして二人が事件に関して話が聞きたいと伝えると、彼女はうつむいたままでそれ以上うつむけなかったのだが、頷いたような仕草をして黙って奥の部屋へと入っていった。そして、しばらくすると扉が開いて、さっきの女性が「どうぞ」と言った。妙な感じではあったが、二人は前に来た時にも同じような対応をされていたので、特に気にせずに扉の方へと歩いて行った。
怪しい宗教団体の総本山ということでもあるこのビルだったが、中は普通のビルと違っているところはなく、古いという他はいたって一般的なビルという感じだった。二人の刑事は最上階である五階までちょっと不安になるような古さのエレベーターに乗ってやって来ると、そこを出て一番奥の部屋に案内された。
このビルの大きさや古さからして、この宗教団体は信者からお布施として大金を巻き上げているような、良くある感じの宗教団体ではないようだった。それで長い間細々と活動をしてきたのなら、それなりに宗教っぽいのかな?ということでもあったが、最近起きている事件のことを考えるとそんな所で油断しているワケにもいかなかった。それにモオルダアが被害にあったというあの保険金詐欺のこともある。もしかすると、資金源はその保険金詐欺だったのかもしれない。もしモオルダアが言うような詐欺が本当にあるのなら、の話だが。
二人の刑事が部屋に入ると中には女性がいて、立ち上がって挨拶をした。二人は以前にもこの女性に会っているので、特に何と思うこともないのだが、ここで読んでいる人達はビックリしないといけないのである。
ここにいる女性は昨日モオルダアに声をかけた美しい熟女だったのである。モオルダアから何かを取り返そうとしていたのだが、何かに脅えているような素振りも見せていたあの女性がこのビルの、そしてこの団体の中で一番偉い人のための部屋にいたのである。
「来ることは解っていましたよ。どうぞ、お掛けになってください」
女性は挨拶をするとそう言って、二人を応接用のソファに座らせた。彼女は和加井俊子(ワカイ・トシコ)と名乗っていた。前に書いたとおり年のわりには妖艶な魅力のある女性だが、それがこの宗教団体の偉い人のための部屋にいるということになると、さらに妖しさが増してくるとも思えた。そして、こういう部屋にいる人にふさわしい落ち着いた態度で二人の刑事に接していた。
「一体どういうことなんですかね?」
山村刑事がいきなり切り出したが、ワカイも何の話だか解っているようで、特に慌てた様子も見せなかった。
「最近、この近辺で自殺が多発しているんですけど、その全てがそちらさんの信者だってことみたいなんですよね。一体何が起きているのですか?」
山村刑事は全てがこの宗教団体と関連しているかのような聞き方をしていたのだが、ワカイは特に気にしていないような感じだった。
「それに、あなたが前にした話についてもおかしなところがありましてね。どこの記録を調べても、あなたの言っていた総師という方が死亡したことを示すものはないんですよ。説明してくれませんかね」
ワカイは山村刑事が言い終わると黙って頷いてから説明をはじめた。
「信者に関する悲しい話は私の耳にも入っております。我々としても、彼らを救えなかったことは本当に残念に思っています。確かに彼らは信者でありました。今の私達には彼らを救う力が足りていません」
川村刑事は、そんなことはどうでも良いとも思っていたが、余計なことを言って山村刑事に怒られるのは嫌だったので黙ってワカイの話を聞いていた。
「実は、私はウソをついていました」
このワカイの言葉に二人の刑事はさらにヘンな感じになってしまったが、ワカイが先を続けた。
「実を言うと、総師なんて人は最初からいなかったのです。こんな出任せで誤魔化そうとするなんて、私もバカなことをしましたけれど」
「それは一体どういうことで?」
ワカイが少しうつむきながら何かを白状するような感じになってきたので、山村刑事は身を乗り出して先を促した。
「私どもの宗教に指導者などないのです。我々はある物を崇拝していました。そしてそれは信者を救ってきたのですが、それが数日前に盗まれたのです。それを知られたくなくて、あなた方にはウソをつきました。それが盗まれたことが解れば信者が混乱して、私達はどうなるか解らなかったですから」
「すると、つまりあなた方はその物を神として崇めていると、そう考えて良いのですかな?」
山村刑事が少しあきれた感じで確認した。普通に考えればおかしいと思うのは仕方ないが、ワカイは真面目な表情のまま頷くと先を続けた。
「しかし、誤魔化しても何もならなかったのですね。あれの力を失ったとたん、信者達は救いの道を失って自ら命を絶っていきました。こうなっては我々だけの力で事態を収拾するのは困難だと思って、こうして話しているのですが」
ここまで来て何の話だか解らなくなってきたので川村刑事が口を挟んだ。
「その『ある物』ってなんですか?」
「それは、聖なる甕です」
「カメ?!」
「そうです。私達はずっとあの甕を崇拝してきました。そして救われて来たのです。しかし、甕が盗まれてからこの有様。あの甕さえ取り戻すことが出来たら、あなた方にもこんな苦労をかけることはなかったはずです」
こういう場所では当たり前なのかも知れないが、山村刑事はワケが解らないな、と思いながら少し考えてから口を開いた。
「いったい誰がその甕を盗んだって言うんです?そんなに大切な物なら簡単に盗むことはできないでしょうに」
「そうですが。教団の幹部なら甕に近づくことも出来ます」
「幹部ってどんな人ですか?」
川村刑事がすかさず聞いた。ワカイは少し躊躇したような素振りをしてから答えた。
「その時点で幹部だったのは亡くなったオイタと町田です」
二人の刑事は驚くと伴に、このまま話をしていたらさらにワケが解らなくなりそうな感じもしてきていた。
「でもオイタさんは死んでいますし、町田さんは家に老婆の遺体を残して行方不明ですが」
山村刑事が言った。
「そうです。しかし私は甕の力を我が物にしようとした誰かが甕を盗んだと信じています。そして恐らくそれはオイタでしょう」
「どうして、そう思うのですか?それに、甕の力って、何なのですか?」
川村刑事が聞いたが、誰だってそこは気になるだろう。
「甕の起こす奇跡を信じるか信じないか、それはその人次第ですが、オイタが甕を盗んだことは確信があります。あの人はそういう人でしたから。そして今、甕を持っているのは彼女の夫のモオルダアという人に違いありません。あのF.B.L.というところのモオルダア捜査官です」
そこまで聞くと二人の刑事はお互いの顔を見合わせて驚いていた。やっぱり、二人が最初に思った通り、モオルダアは怪しかったのか?とか、そんな感じでもあった。
「でも、甕を盗んで何かメリットがあるんですか?」
ちょっとだけ冷静になって川村刑事が聞いた。
「神聖な物の力はその力を目の当たりにするまで誰も信じようとしないのはいつの時代でも同じことです。あの甕にはとてつもない力があるのです。あの甕さえ取り返すことが出来たら、私はあなた方にその力を示すことが出来るでしょう」
「つまり、あなたは私達にその甕を取り戻して欲しいと言っているのかな?」
「物を盗むのは犯罪ですし、そういう人を捕まえたり、物を取り戻すのがあなた方の仕事でしょう?あれがないとまた多くの自殺者を生むことになりますよ」
ワカイがそう言うと、山村刑事は多少ウンザリした感じで川村刑事の方を見た。川村刑事は面倒な感じの表情を山村刑事に返していた。