「再会」

6.

 スケアリーはうずくまるモオルダアを見ながら、どうしてモオルダアを殴ったりしたのか考えていた。考えても明確な理由は出てこなかったが、もう一度殴っても良いような気分ではあった。ただ、そうしたい理由を考えるのもあまり気分の良いことではなかった。相手が誰であろうと、スケアリーは結婚している人間がそのことを隠していたりするのが気に入らないのだ。しかも、それがモオルダアで、これまで自分もそれに気付いていなかった事も彼女が腹を立てる原因にもなっていたのかも知れない。モオルダアからすればそれはとんでもない間違いなのだが。

「ちょいと、モオルダア大丈夫なんですの?」

モオルダアがいつまでもうずくまったままなのでスケアリーは少しやり過ぎたという感じで言った。

「まあ…大丈夫だけど」

モオルダアが顔を上げると鼻血が一滴、垂れて机の上に赤い斑点が出来た。スケアリーがポケットからチリ紙を一枚出すとモオルダアに渡した。あの夢のせいもあったのだろうが、モオルダアは目の下にクマができて疲れた表情にも見えた。モオルダアはそれを受け取って、机に滴った血を拭いたのだが、そうしてから自分が間違ったことをしていることに気付いた。汚れてクシャクシャになったチリ紙を持ったままスケアリーの方を見ると、彼女がもう一枚取り出してモオルダアに渡した。受け取ったモオルダアは血を止めるために、それを小さくちぎって丸めると鼻につめた。

 部屋にいた二人の刑事はなんと言っていいのか解らずにしばらくF.B.L.の二人を眺めてしまったのだが、川村刑事は遺体が大変な事になっている!という事を思い出して山村刑事の方に向き直った。

「山村さん。大変なんですよ!」

「ん!?なんだ?」

「ミイラになったんです。あの遺体がですね、解剖台の上に置いたらしばらくしてシワシワになって、さらにしばらくしたらカラカラになって、最後は完全にミイラになっちゃったんですよ!」

「ちょっと、落ち着けよ。何を言っているのか解らないぞ」

「そうですが…。まあ、百聞は一見にしかずです。ちょっと来てください」

川村刑事がそう言いながら部屋を出て行こうとするので山村刑事も仕方なく後についていった。

 部屋に残された二人はどことなくいつもと違うぎこちない雰囲気だった。モオルダアの頭の中は混乱していたし、スケアリーはまだ機嫌が悪そうな顔をしているし。モオルダアが何かを説明しようにも彼の身に何が起きているのか自分でも解っていない状態なので何も言えそうにない。スケアリーはモオルダアと目を合わさないようにして何かを考えているようだった。こういう状態がさらにモオルダアを脅えさせていた。

「なんなんですの…?!」

しばらく間をあけてスケアリーが言った。そんなことを言われてもモオルダアには答えようがなかったが。

「どうして黙っていたんですの?あなたは本当にそんな人間だったんですの?あたくしはあなたがヘンタイであっても、こんなヒドイ嘘をつけるような人だとは思っていませんでしたのよ。人を殺せるような人だとも思っていませんでしたのよ」

モオルダアはまた混乱しそうになったが、どうやらどこかで何かが間違っている事に気がついた。

「もしかして、キミもボクが結婚していると思っているの?」

「それじゃなかったらなんだって言うんですの?あたくしは深夜に呼び出されて、向かった先にあった遺体があなたの奥様だと聞かされて。これがどんな気持ちだか解りますの?あなたと一緒に捜査をするようになって何年になると思っていますの?こんなに長い間人を騙していられるなんて、あたくし…信じられませんわ」

なんだかスケアリーのテンションが怪しい感じになってきたので、モオルダアは早いこと事実を説明する必要があると思った。

「キミはずっと一緒にいた人間よりも、初めて会った警察を信じるのか?」

「だって、警察がどうしてあたくしに嘘を言ったりするんですの?」

「警察だって間違うことはあるけどね。それに、ボクが何年もキミに嘘をつきとおせるほどの人間だと思ってるの?」

「ですから、そうじゃないと思っていたからこそショックなんですのよ!もう、あたくし…誰を信じて良いのか…」

モオルダアとしてはなんとか「例の話」はしないでスケアリーを納得させたかったのだが、このままでは無理そうだった。きっとあの話をすればスケアリーに大笑いされるに決まっているのだが。他に仕方がないのでモオルダアは美人詐欺師に騙された話をした。山村刑事よりもあの時の状況を知っているスケアリーなら、いくら脚色してもモオルダアが間抜けな感じで騙されたことは隠せないだろう。

 モオルダアが説明すると、やはりスケアリーは大笑いした。しかも先程までの動揺した自分を忘れようとするかのように、これでもかと笑い続けていた。これにはさすがのモオルダアも精神的にこたえている感じだった。

「もう、いいかな?」

モオルダアが力なく言うと、スケアリーは我に返って笑うのをやめた。どちらが悪いということでもないのだが、なぜかこんな雰囲気になることは良くあることである。

 取調室にはさっきとはまた別のぎこちない雰囲気が漂っていた。

「…でも、どうして今までずっと結婚したままだったのかしら?」

妙な沈黙に耐えられなくなったスケアリーが何でも良いからモオルダアに聞いてみた。それがかえってモオルダアを元の調子に戻すのにちょうど良かったようでもあった。

「そうなんだけどね。ただ、なんとなくボクには解るような気がするんだけど」

「それは、どういうことですの?」

「なんて言うか、ボクと妻の関係には、保険金詐欺師とその被害者の関係以上の何かがあるように思えるんだよね」

まともな人間ならこんな発言は言うことも聞くこともないはずだが、モオルダアがそんなことを言うと、スケアリーは少し表情を曇らせてモオルダアの方を見た。モオルダアの表情は疲れ切っている感じがするし、思い返せば最近はずっと彼の顔色が良くなかった気もしてきた。

「ちょいと、モオルダア。あなたは自分で何を言っているか解っているんですの?」

「解ってはいるけどね。ただし根拠がどこにあるのか、ということは良くわからないんだよね」

その発言自体の根拠も解らなかったが、スケアリーは少しモオルダアが心配にもなってきた。

「いいですこと、モオルダア。さっきの事とか、その前の事とか、あたくしはちょっとやり過ぎたかも知れませんが、でもあたくしは無免許の医師ですし、もしもあなたが何か問題を抱えているのなら言ってくだされば力になれますのよ。あなた最近ちゃんと眠れていますの?」

「それなら問題は無いけどね。ただし、眠りの中でも捜査をしなくてはいけないのは優秀な捜査官としての宿命だけどね」

そう言ってモオルダアはニヤッとしたのだが、今日は特に睡眠不足なモオルダアのその顔は不健康そのものにも見えた。それに、またしてもおかしな事を言っているので、スケアリーとしてはさらに心配にもなってくる。

「そうかも知れませんけど…」

「それよりも、ミイラがどうのこうの、って言ってなかった?」

スケアリーの心配をよそにモオルダアはミイラのことに興味を持ち始めたようだった。

「そうでしたわね。オイタの遺体は解剖する直前に急に変化を始めてミイラ化したんですのよ」

それを聞くとモオルダアは視線を少し上に向けて何かを考えているようだった。

「ボクはなんとなくミイラじゃなくてゾンビみたいなのを想像したけどね」

夢の話などを考えるとモオルダアが言いたいことはなんとなく解るのだが、スケアリーには何のことだが良くわからなかった。

「とにかく、あなたも見ておいた方がイイと思いますわよ。それにあなたの奥様ですものね」

スケアリーは余計な事を言ったと思ったが、モオルダアは事件の事に少し盛り上がっているようなので、「奥様」に関しては別に気にしている様子はなかった。二人は取調室を出ると、遺体のある病院へと向かった。(まだ容疑者扱いのモオルダアが勝手に取調室から出て良いのかどうかは解らないのだが。)