22. 図書館
モオルダアは図書館で熱心に調べ物をしていたのだが、このところの睡眠不足のために本を読み始めるとすぐにウトウトし始め、倒れ込むように机の上に顔を伏せるとそのまま寝てしまった。寝たくないために家には戻らずにここに来たということでもあったのだが、眠気には簡単に屈してしまうモオルダアである。
もちろん眠ればおかしな夢を見るに違いない。
モオルダアはまた最初の事件現場であるオイタの家にいた。そして、前に見た夢と同じように手には包丁を持っていた。このままだとモオルダアはこの廊下の先の部屋にいる男、恐らくモオルダア自身であると思われるその男を殺そうとするはずだ。
そして、そのとおりにモオルダアは部屋の扉を開けて、中に男が背中をこちらに向けて座っているのを見た。やはりそれはモオルダア自身の後頭部であった。ここまでは前に見た夢と同じだったのだが、今回は少し違っていた。
「全部あなたのためにしたのよ」
モオルダアはハッとして声のした方を見た。そこには美しい妻。じゃなくてオイタがいた。彼女はモオルダアと同様に包丁を持っていた。
モオルダアは彼女に何かを聞いたらこれまでに起きた全てのことを教えてくれるのではないかと思ったのだが、声を出そうとしても舌もノドも硬直して、とても声が出るような状況でないことが解った。
「全部あなたのためにしたのよ」
もう一度オイタが言うと、彼女は一度部屋の中を見た。モオルダアもつられて中を見た。そこにはもう一人のモオルダアが座っているはずだったが、そこ見えたのは女性の後ろ姿だった。恐らくそれはオイタであった。
「全部あなたのためにしたのよ」
またオイタが言うのでモオルダアがオイタの方に向き直ると、そこにいたオイタはミイラ化した時の姿になっていた。そしてカサカサの皮膚を床に落としながらうっすらと笑いながら包丁を振り上げると、モオルダアに斬りかかって来ようとしていた。
ここでモオルダアがヒャワァッ!っとヘンな声をあげながら飛び起きたのだが、周りからの冷ややかな視線を感じて、ここが図書館であることを思いだした。そして咳払いをしながら、何事もなかったように机の上の本を開いたりしていた。そんなことでは何も誤魔化せないのだが。
そんなことよりも、モオルダアはさっきの夢の内容を思い出して何かが気になり始めていた。慢性的な寝不足によって鈍っていた「少女的第六感」がなぜかここに来て活発に働き出したのかも知れない。
モオルダアは適当に開いた本を慌てて閉じて本棚の方へと向かった。まずは持っていた陶器に関する本をしまうと、次に中国の文化に関する本が並んでいる本棚へ向かった。そこに行って慌てて何かを探していたモオルダアだったが、今は図書館で本を調べている場合なのか?と思ってモオルダアは出口へと向かった。理屈は後で見付ければ良い。今は少女的第六感に従うのが一番のようだ。少なくともモオルダアはそう考えたに違いない。
モオルダアは図書館を出るとスケアリーに電話をかけた。モオルダアの行動が気になっていたスケアリーはすぐに電話に出た。
「もしもし、スケアリー。今すぐオイタの家に来て欲しいんだけど」
「ちょいと、モオルダア!なんなんですの!」
そんなことを言われてもなんと答えるべきか解らないのだが、何かに気付いてテンションの上がっているモオルダアは「何が?」としか答えられなかった。スケアリーとしても、自分の質問に意味がなかったと思ってまた別の質問をした。
「一体あなたは何をしていたと言うんですの?それに、オイタの家ってなんなんですの?」
「人間というのは二百年近くも生きているとスゴい事が出来るようになるのかも知れないよ」
「それって…?!ちょいと、モオルダア。あなた自分で何を言っているのか解っているの?」
「とにかく、確かめたいことがあるから、オイタの家に来て欲しいんだけど。ここからならキミの方が速くつくかも知れないけど。それじゃあ家の前でね」
「ちょいと、モオルダア…!」
モオルダアは電話を切ってしまったようだ。スケアリーはなんなんですの?と思いながらも、このままでは気になることが多すぎるので、モオルダアに言われたとおりにオイタの家に行くことにした。