「再会」

3. モオルダアのボロアパート

 ノックの音がする度に、薄っぺらいモオルダアのボロアパートの部屋のドアは壊れそうな感じで揺れていた。悪夢から目覚めた直後のモオルダアにとって、このノックの音はあまり気持ちの良いものではなかったが、まだ半分寝ているような体を無理に動かして立ち上がるとドアのところに行った。

 モオルダアがドアを開けると、スーツを着た少しくたびれた感じの男が今にも突進してきそうな様子で身構えていたので、モオルダアも慌てて両手を前に出してそれを抑えるような仕草をした。しかし、ドアの前にいた男はドアが開いたのに気付くと気まずそうにしながらモオルダアの方に向かって軽く会釈した。

 もしかするとこのドアを突き破ろうとしていたのだろうか?と、モオルダアはちょっと思ったが、そんなことを考える余裕もあまりない感じで、目の前の男が話し始めた。

「あなた、モオルダアさんですね?」

「はい、まあ…」

「私は刑事の山村というものですが」

そう言って、その山村という男は警察手帳を見せた。そのなんとも言えないベテランらしい仕草にモオルダアはなんか刑事ドラマみたいだな、とも思っていた。

「ちょっと来てもらえますかね?」

「事件ですか?」

「ええ、まあ」

モオルダアがまだ寝ぼけ眼なのが原因なのか、話が噛み合っているのかどうか解らないままモオルダアは山村刑事についていく事にした。一度部屋の方に戻って着替えると、彼がいつも持ち歩いている「優秀な捜査官アイテム」の入ったカバンを持って戻ってきた。山村刑事はそんなモオルダアを不思議な表情で見つめていたが、とりあえず問題はなさそうなので山村刑事はモオルダアを連れて警察署に向かった。

4. 病院

 モオルダアの妻となっている人の遺体を目の前にしてほとんど冷静さをなくしているスケアリーだったが解剖台を挟んで向き合っていた川村刑事に「落ち着いてください」と言われると、自分が取り乱している事に気付いて、それを恥じるような気持ちで少しだけうつむいて足下を見た。そしてすぐに顔を上げてもう一度解剖台の上を見た。

 ただし、どうしてモオルダアの妻となっている人がミイラ化しているのかは少しも解らなかった。

「どうやら、あなたは大丈夫なようですね」

「どういうことですの?」

川村刑事が良く解らないことを言うので、スケアリーは遺体の方に向けていた疑問だらけの視線をそのまま川村刑事の方に向けた。

「もしかすると、あなたも容疑者になるかも知れなかったんですけど、さっきの様子からするとそうでもなさそうですし」

簡単に「そうですか」と言えないような事を川村刑事が話している。

「それは、どういうことですの?あたくしはこの遺体を解剖して調べるためにここに呼ばれたのだと思っているのですけれど、違ったのかしら?」

「ええ、そうなんですけど。…いや、始めは違ったんですけどね」

川村刑事の返事は意味が解らなかったが、スケアリーはなるべく冷静でいるように心がけていた。モオルダアの妻などが出てくる時点でかなり動揺していたのだが、何か良からぬことが起きようとしている雰囲気を察知したのか、スケアリーは頭の中で全てを秩序立てて分析するように「理論的な防御態勢」とでも言うべき状態に入っていた。

「どうでも良いですけれど、始めから全部話してくれませんこと?あたくしはタダの無免許医師ではなくてF.B.L.の捜査官でもあるんですのよ。もしも、あなた方が何かを隠していたり、悪い事をしていることが解ったらあたくし達にだってあなたを逮捕する権限があることも解っていますわよね?」

スケアリーの態度を見て川村刑事は少しマズイと思った。しかし、悪い事をしているワケでもないので、これまでに起きたことを話す事にした。


「実を言うとですね、殺された緒板和香子(オイタ・ワカコ)さんって言うんですけど、…というか結婚していたからこれは旧姓ということですが、彼女を殺した犯人の容疑者として挙がっているのがモオルダアさんなんですよね」

ここまで聞いてスケアリーはまた混乱しそうだったが、何も言わずに話の先を聞くことにした。

「午前2時ごろに110番通報がありまして。それがオイタさんの住んでいる家からの通報だったんですが、殺されるから助けてくれ、という内容だったんです。近くにいた警官がすぐに向かったんですが、時すでに遅く、そこには背中に包丁を突き立てられたオイタさんが倒れていたわけなんですが」

「電話が出来たのに逃げることは出来なかったのかしら?」

「そこも気になる点ではあるのですが。それよりも、遺体の横に離婚届が置いてあったんですよね。それにはオイタさんと夫のモオルダアさんの名前が書かれていたんですけど。まあ、このオイタさんの生きている時の写真ですけど、こんな美人は滅多にいませんよね」

そう言いながら川村刑事はスケアリーに資料の中から一枚の写真を見せた。それは確かにどんな女性でも嫉妬するような美女だったが、スケアリーとしては「あたくしを目の前にして良くそんなことが言えますわね?」という事でもあった。川村刑事はスケアリーがいきなり不機嫌になったような感じがしたので少し怖かったが、さらに先を続けた。

「それで、まず最初に先輩の山村という刑事がですね、これは別れ話がこじれた末の殺人に違いないと言いだしたんですよね。私としてはその意見に肯定できない部分が沢山あるんですけど。それで私は私なりに考えてあなたをここに呼んでみたのですが」

スケアリーは何を信じて良いのか解らなくなっていた。モオルダアがヘンタイであることと、結婚なんかしているワケがないということは確信が持てるのだが、もしかして彼女の知っているモオルダアというのは彼の偽りの姿なのでは?という疑問が頭の中に浮かんできたのである。

 彼女の知っているモオルダアは逆上して人を殺すような人間ではないし、そうでなくても人を殺せるような冷酷さは持ち合わせていないはずなのだ。しかし、それが全てウソだとしたら?

 スケアリーの心に浮かんだ疑念が膨らみ始めていたが、一度冷静になって「そんなことは有り得ませんわ!」と、いつもの感じに戻った。

「つまり、あなた方はあたくしがモオルダアの共犯者だと思っていたのですね?一体どういった根拠があるのかしら?」

「いや、これは私の直感の部分もあるのでなんとも言えないのですが。でもどう考えても現場の様子から殺人はもっと前の時間に行われた気がするんですよね。つまり通報があった時点でオイタさんは殺されていて、通報は誰か別の人がしたと考えたんです」

「それがあたくしだと思っているんですの?」

「始めはそう思っていたんですが、さっきのあの慌てようからすると違うと思いましたよ」

「別に慌ててなんかいませんわ!」

スケアリーは思わず言ってしまったが、これでは慌てていたことを認めているようなものなので言ってから後悔していた。

「それよりも、あなたが来る前に遺体がそんな状態になってしまったし。普段はこんな事はしないんですが、緊急と言うこともあってその遺体がミイラ化する状況はボクの携帯に動画で撮影しておきましたから。あなたにも見てもらう価値はありますし。このミイラ化騒動によってあなたを呼んだのも間違いではなくなった、ということになりますしね」

川村刑事がスケアリーを容疑者と思って呼んだのは間違っていたのだが、ミイラ化騒動によって結局呼んだこと自体は正しいことになってしまって、少し得している感じだった。一方、頭の中に考えることが飽和状態になってしまったスケアリーはそんな所を気にしている場合ではなかった。

 一体これはどういう事件なんですの?口を開いたらそんな言葉しか出てこないような感じだったのでスケアリーは何も言わずに黙っていた。