「再会」

18. 翌日

「ウーーーーン…」

そう唸ったまま、メガネをかけた細身で初老の男はしばらく固まって動かなくなってしまった。モオルダアはその後に何か面白い意見が聞けるものだと思って待っていたのだが、男は何かを考え込んでいるのか、何も言わない。

「それで、それはどうなんですか?」

しびれを切らしたモオルダアが聞くと、男はもう一度軽く「ウーン」と唸ってからモオルダアの方を見た。

 モオルダアは昨日の夜に自分の部屋の前に置かれていたあの小包のような箱の中身を調べにやって来ていたのだ。ここは古くからある骨董品を扱う店。ここにモオルダアが来たと言うことは、あの箱の中身はそれなりにそれっぽい物だった、ということに違いない。

 男はモオルダアから渡された白い陶製の甕(カメ)を持っていた。

「あなた、どうしてこれをここに?」

男がモオルダアに聞いた。

「いや、なんというか。優秀な捜査官の直感というか。それが古くて値打ちのある物だと言うことはなんとなく解るんですよ。そして、それが解れば難解な事件が一つ解決するということです」

モオルダアの説明を聞いて男はまた「ウーン」と唸っていた。そして、かけていた老眼鏡をおでこの所にあげてから言った。

「まあ、確かに古い物であることに違いないが。それ以外に価値があるか?といえば、全くないな。もしもあなたがこれを売りたくてここに来たというのなら、それはとんだ間違いなんだが。価値としては1000円ぐらいだな」

モオルダアはそれを聞いて、軽くズコッ…となっていた。真夜中に自分の部屋までやって来た誰かが置いていったダンボール箱の中に入っていた甕なのだし、それなりに何かある物だと思っていたのだが。

「でも、その甕って消えかかってますけど紋章みたいなのが書いてあるでしょ?それにスゴい意味があったりしないですかね?」

「ヘヘヘヘッ…。あなた、何の知識もないみたいですが。陶器に何かを書くのなら消えるような書き方はしませんよ。ご飯茶碗のガラはいくら洗っても消えないでしょ。ヘヘヘヘッ…。どうやら、この消えかかった紋章は…、あれだな。入れ墨シールだよ、これは。最近になって貼り付けたんじゃないかな」

そう言いながら男が消えかかった紋章の上を爪で擦ると、残っていた紋章の部分がボロボロ剥がれ落ちていった。

「ああ!ちょっと。何してるんですか!」

モオルダアが言うと男も少し驚いて擦るのをやめた。

「ああ、これは失礼。これは大事な物なのですか?」

「まあ、そうですね。殺人事件の証拠物件です」

「ええっ!?」

男にとっては思わぬ展開だったようで、必要以上に驚いている感じだった。

「ということは、あなたは刑事さんか何かで?」

「いや。ボクはF.B.L.の優秀な捜査官です」

モオルダアが答えたが、男にはF.B.L.が何なのか解らなかったので驚いて損した、という感じになっていた。

「まあ、古い物ということは確かなようだが」

男が気を取り直した感じで言った。

「どうしてそれが解るんですか?」

「いやね。この甕の裏側に書いてあるからね。でも西暦を使うのはけっこうハイカラな趣味だったのかも知れないね」

そう言いながら男は持っていた甕の裏側をモオルダアに見せた。そこには「1875年」と書かれていた。それがその甕の作られた年だというのなら、古い物であるに違いなかったが。それ以外には何もないというのは予想外だった。わざわざ誰かがモオルダアの部屋の前に置いていったというのに。

 そんなことを思いながら、モオルダアは少しも心のこもっていない礼を言うと骨董店を出て行った。一方、骨董店の男はこれでは何の得にもなってないし、物語の展開に重要な感じでもないし、出てきただけ損した!とも思っていた。


 その頃スケアリーは昨晩オイタの家で見付けた写真を鑑定するためにF.B.L.のラボへとやって来ていた。ラボというのがこれまで出てきたかどうか覚えていないが、科学的な実験や鑑定などをするところに違いない。

 スケアリーから写真を渡されたF.B.L.の技術者はそれを見て驚いていた。それは見た感じからすると、かなり古い時代に撮影された結婚写真のようだったのだが、そこに写っている人物を見て技術者は驚いていたようだった。

「これってモオルダアさんですか?!」

「そんなことは気にしないで、早く始めてくれませんかしら?」

質問されたスケアリーは機嫌が悪いようでちゃんと答えなかった。

「それにしてもスゴい美人ですね。これって一体何の写真なんですか?モオルダアさんのいたずらとか?」

「そんなことも気にしなくて良いんですのよ!その写真が本物かどうかそれを調べるのがあなたの仕事ですのよ。一刻を争うのですから、余計な事を考えずにすぐに作業にとりかかっていただきたいものですわ!」

スケアリーはさらに機嫌が悪くなったようで、そう言うと部屋を出て後ろ手で勢いよくドアを閉じた。その時のバタンという音に技術者もちょっとビクッとなった。スケアリーをちょっと特別な目で見ている技術者も今回は少し彼女が恐ろしいと思っていたようだ。

 部屋を出たスケアリーはプリプリしながら歩いていたが、しばらくすると特にどこへも向かう先がないことに気付いた。腹が立っているとなぜか意味のない行動をしたりすることがある。それにスケアリーは何に腹を立てているのだろうか?と自問してみた。しばらく考えた後に「やっぱり一番美しいのはあたくしで間違いありませんわね。もっと冷静にならないといけませんわ」と心の中で呟いて、いろいろな事が解決したような気分になっていた。

 ただし、あの写真がどういうものか?ということが解るまではなかなか冷静になれそうもなかったのだが。