「再会」

8. 病院

 山村刑事と川村刑事はミイラ化した遺体のある病院へやって来たのだが、彼らがその事について詳しいことを調べるよりも前に、事件現場への侵入者の知らせが入り病院では何も出来ない感じのまま事件現場へと向かう事になった。するとちょうど少し遅れてやって来たモオルダアとスケアリーが病院の入り口で彼らと鉢合わせた。

「ああ、ちょっとあんた…」

山村刑事は容疑者として警察署に連行していたモオルダアが勝手にここへやって来た事に驚いていたようだったが、これまでのいろんな事を考えると、もう彼を容疑者とは思っていようだった。

「勝手にこんな所に来られちゃ困るんだが…。まあ、いいかな」

山村刑事の中途半端な発言に、最初は怒られると思っていたモオルダアも少し安心した感じだった。それよりも容疑者をほったらかしてここへ来た山村刑事にも責任はあるのだが、彼はそういう感じの刑事のようだ。

「山村刑事。今回の事件の被害者とモオルダアにはほとんど面識がないんですのよ。ですからあたくしはモオルダアを容疑者ではなくてF.B.L.の捜査官としてここへ連れてきたのですけれど」

状況が良く解っていないモオルダアの代わりにスケアリーが説明した。

「まあ、そうですかね。それならそれで良いですけど。今はちょっとややこしい事になっているもんで。我々は事件現場に向かいますが…」

「何か問題でも?」

何かを言わないと優秀な捜査官らしくないのでとりあえずモオルダアが山村刑事に聞いた。

「いや、なんて言うか。警察の問題なのでね。詳しいことが解ったら説明出来るかも知れませんが…」

始めはペケファイル課の二人が怪しいと思っていた警察だったが、逆に今のところこの事件は「まさにペケファイル」という状況なので、山村刑事は少し弱っている感じもした。ただし、まだF.B.L.の二人がこれまでの事に関して彼らを責めるような態度ではないので、ここは急いで立ち去るのが賢明だと思って、そのまま二人に背を向けると急ぎ足で立ち去っていった。


 その後、ペケファイル課の二人が遺体のある部屋に入ると、いつものようにモオルダアが解りやすくヘンな悲鳴をあげてからスケアリーに睨まれたのだが、しばらく二人でミイラ化した遺体を見ていてもモオルダアがエジプトのファラオのミイラに関する豆知識をいくつか話しただけで、ほとんど意味がなかった。いつまでもミイラ化した遺体を見ていても仕方がないので、スケアリーは川村刑事が撮影した動画をモオルダアに見せることにした。

 病院ではあったが、ここは第二の事件現場でもあるので別の部屋では科学捜査の専門家などが集まってミイラ遺体に関する分析をおこなっていた。彼らの集まっている部屋にあるノートパソコンに川村刑事の撮影した動画のコピーが保存されていた。

 動画の再生を始めると、川村刑事の「ウアァァ…!」とか「ちょっと、マジで…!」とか意味のない声が聞こえてきた。撮影している川村刑事はかなり動揺しているようだったが、携帯電話で撮影することに慣れているのか、画像は鮮明で遺体がミイラ化していく様子が良く解った。

 ミイラ化が始まってから撮影されたもので、最初からオイタの遺体はシワシワの状態だったが、それでもまだあの美しい女性の姿であることが解った。その遺体から全ての水分が何処かへ消えていってしまうような感じで、あっという間に干からびていき最初のちょっとしたシワシワは最後には人間のものとは思えないスゴいシワシワへと変わっていった。

 それは恐ろしい光景ではあったが、血が出たりドロドロしたものが流れ出てきたりはしなかったので、遺体を怖がるモオルダアも最後まで見ることが出来た。スケアリーはモオルダアがどんな意見を言うのか興味深く彼の方を見たが、彼はすぐに口を開かなかった。さすがにモオルダアもこんな現象に関しての根拠のない怪しい知識は持ち合わせていないようだった。

「もしもこんな事が起こりうるのなら、部屋にいた川村刑事や解剖を担当する医師達にも何か身体の異常とか、そういうことがあっても良さそうですわね」

モオルダアが何も言わないのでスケアリーが先に話し始めた。モオルダアはそれでもまだしばらく黙っていたが、やっと口を開いた。

「もしもこの部屋の温度や湿度などが遺体をミイラ化させるのにちょうど良い状態だったとしたら、遺体にだけ周りよりも早く時間が経過した、ということが考えられるけど」

予想どおりモオルダアがヘンな事を言いだしたのでスケアリーは思わず笑ってしまいそうになったが、何とかこらえていた。笑いをこらえるスケアリーが何も言えないでいるとモオルダアが先を続けた。

「まあ、そんなことはなかなか有り得ないよね。でも、一つ気になることがあるんだけどね。もう一度映像を見てみたいんだけど」

モオルダアにはまだ別のヘンな考えがあるようだ。スケアリーがもう一度動画の再生を始めた。また「ウアァァ…!」とか「ちょっと、マジで…!」とかいう声を聞きながら見ていると、モオルダアが動画を止めるように言った。スケアリーはそれぐらい自分でやればイイとか思いながらパソコンを操作して再生を一時停止した。

「これ、ちょっと見てよ。このボクの妻の髪の毛だけど。最初は黒髪だったのが、この時には白髪になってると思うんだけど…」

「あらまあ…!」

ミイラ化ばかりに気をとられていたスケアリーだったが、なぜか細かいところに気がついたモオルダアの指摘に驚いていた。

「それは、どういうことなのかしら?」

「急激にミイラ化したのではなくて、急激に老化したとしたら黒髪は白髪になるかも知れないけどね」

「それだったら、遺体に流れる時間だけが早く経過したって、さっき言ってたことと同じじゃございませんこと?」

「それは、考え方にもよるけどね。すでに経過していた時間を遺体が取り戻したのなら、プラマイゼロだし」

モオルダアの説明では誰もが何を言っているのか解らないので、スケアリーは「何を言っているんですの?」と聞き返した。

「もしも、ボクの妻が本当は200歳ぐらいだったとして、だけど見た目だけは若い女性みたいになっていたとして…。どう説明したら良いのか解らないけど、何かの力で本当の姿を偽って若い女性になっていたのが、死んでその力を失って元の姿に戻ったということだと、この現象には納得がいくと思うけど」

そんな説明を聞いてもスケアリーはまだ「何を言っているんですの?」としか思えなかった。しかし、髪の色が変わったということに関しては、注目すべきことだとも思っていた。

「とにかく、ボクの妻に関してもっと詳しく調べた方が良さそうだね。とは言っても、F.B.L.の捜査官をターゲットにするような詐欺師ということは、それなりに手強い相手なのかも知れないけど」

「そうですわね」

スケアリーは同意したのだが、モオルダアがオイタという女性のことを「ボクの妻」とか言っているのがちょっとキモいとも思っていた。どうでも良いことだが。