「再会」

14. 町田市じゃない場所にあるアパート

 つい最近まで区役所に勤めていた町田さんの住んでいるはずのアパートにやって来たモオルダアとスケアリーだったが、その部屋は真っ暗で人のいる様子はなかった。それでもせっかく来たのだから、ということでスケアリーがドアの横にある呼び鈴のボタンを押した。部屋の中でチャイムの音がしているのが聞こえたのだが、それ以外の音は全く聞こえなかった。

「本当に引っ越したのかしら?」

「だとすると、それはそれで怪しい感じもするよね」

モオルダアは答えながら、呼び鈴を鳴らした。何度押しても中からはシーン…という音じゃない音がするだけなのだが、人がいないと解ると何度も呼び鈴を鳴らしてしまうというのがモオルダアのクセみたいなものなのだ。(#024リヴェンガ参照)

 始めは間隔を空けてボタンを押していたモオルダアだったが、次第にその間隔が狭まってきてチャイムの音が絶え間なく鳴っているような状態になってきた。スケアリーがイライラしながら「ちょいと、モオルダア!」と言おうとしたちょうどその時、隣の部屋の窓が開いて機嫌の悪いオバサンの顔が飛び出してきた。

「ちょっと、何なのよ!うるさくてテレビの音が聞こえないじゃないのよ!」

思わぬところから突然怒られて、余計に驚いたモオルダアはビクッとなって固まったまま黙ってしまった。仕方がないのでスケアリーが代わりに謝った。

「あの、おくつろぎのところお騒がせしてまことに申し訳ございませんわ。あたくしはF.B.L.のスケアリーというものですけれど。こちらの部屋に町田さんという方が住んでいたはずですけれど、どこかへ引っ越されたのかしら?」

スケアリーがF.B.L.の身分証を見せながら言うとオバサンは急に態度が変わった様子だった。警察ではなかったがF.B.L.というところから誰かがやって来て隣の部屋の住人のことについて聞かれるというのが、サスペンスドラマ風で嬉しかったに違いない。テレビの音が聞こえなくて困るのは推理サスペンスの場合がほとんどなのだし。そんな私の推理はどうでも良いのだが、オバサンは声をひそめて話し始めた。

「あら、やっぱりあの人何かやってたの?前から会っても挨拶もしないし、ちょっと変わってるっていうか、暗い人って感じだったかしらねえ。最近はずっと明かりが消えたままなのよ。でも、引っ越すっていってもそんな様子はなかったけど。まさか夜逃げなんかじゃないわよねえ。ほんとにねえ」

「いなくなったのはいつ頃ですか?」

モオルダアもやっと我に返ってオバサンに聞いた。

「さあねえ。二日ぐらい前かしら?ほんとにねえ」

「ええ…。まあ、ほんとに…」

何がほんとか解らないのだが、このままオバサンと話していても仕方がないのでF.B.L.の二人はアパートの管理人に頼んでドアを開けてもらう事にした。


 F.B.L.の二人から事情を聞いてやって来た管理人だったが、言い知れぬ緊張感の中で鍵を開けることになった。なにしろドアの両脇で銃(モオルダアは本物っぽいモデルガン)をもった捜査官が壁に背を付けて待機していたのだから。震えそうになる手で鍵を開けると、管理人はそのままゆっくりと後ずさって通路の奥の方に下がっていった。

 モオルダアはスケアリーと一度目を合わせて合図を送ると、それと同時にドアノブに手をかけてそれを開けた。するとスケアリーが開いたドアの中に向かって銃を構えて入っていった。

「F.B.L.ですのよ!誰かいるのなら返事をしなさい!」

そう言いながら部屋に入ったスケアリーに続いてモオルダアもモデルガンを構えながら入っていった。とはいっても、話を聞きに来ただけなのにこんな物々しい雰囲気は間違っていないか?と二人ともそろそろ感じてはいたようである。

「…どうやら誰もいないようですわね」

それは解っていたが、何かを言わないとこのミョーな雰囲気に耐えられないと思ったのか、スケアリーが言った。

「そうだね。でも、つい最近まで生活していたような様子はあるけどね」

モオルダアはそう言いながらさっきから手探りで探していた電気のスイッチを見付けると部屋の明かりを付けた。そして次の瞬間にギャハッ!というモオルダアのヘンな悲鳴が部屋に響いて、続いて腰を抜かして倒れないように彼が壁に手をつくバタバタした音がした。

 スケアリーも明かりがついて目の前に現れた光景に言葉を失いかけていた。

「ちょいと、モオルダア…」

なんとか絞り出すように言うとスケアリーは部屋の奥の方を見つめたままになっていた。


 モオルダアがヘンな悲鳴をあげるということは、そこに何があったのかだいたい解ると思うのだが、そこには老婆が倒れていた。そしてそれが遺体であることは一目見て解った。

 スケアリーはゆっくりと老婆に近づいていき状態を調べた。生きている人間らしい色を失って薄い灰色のになっている肌を見れば、専門家が調べるまでもなく死んでいることは明らかだった。

「町田さんって、お婆ちゃんだったの?」

まだ入り口のところにいるモオルダアが裏返りそうな声で聞いた。

「そんなことは有り得ませんわよ!区役所の職員でしたのよ。この方が何歳か知りませんけれど、これは明らかに定年を過ぎていますわよ!」

モオルダアがヘンな事を言うのでまた機嫌が悪くなりそうなスケアリーだったのだが、この状況には彼女もどこか腑に落ちない点があった。それが何なのか?ということは明確に解らなかったのだが、オイタのミイラ化事件と合わせて考えると、何か嫌なものを感じていたのだった。