30.
「ちょいと!何なんですの?!」
過去のシーンが挿入されてさらにワケが解らなくなっているスケアリーだったが、気を取り直して目の前の二人から目を離さないようにしていた。モオルダアは飲むと死んでしまうという甕に入った水を飲み干した。しかし、今のところ何も起きていない。モオルダアもワカイも何かが起きるのをじっと待っているようだった。
「モオルダア、あなた大丈夫なんですの?」
少し心配になってきたスケアリーが聞いた。モオルダアの表情には少しだけいつものにやけた感じが戻っているようにも感じられた。
「心配するなら、ボクよりもワカイさんの方を心配した方がイイかも知れないよ」
「何を言うのですか?これから、私にはあなたの魂が…」
ワカイがそこまでいうと、急に苦しそうにむせ返りはじめた。それが収まるとワカイは口に当てていた手を離したのだが、その手を見てギョッとした表情になった。ついでにそのギョッとした表情も自分で鏡で見たらさらにギョッとしていたに違いない。彼女は自分の手が急激にシワだらけになっていることに気付いたのだった。それは手だけでなく、顔もその他の服に隠れた部分も同じに違いなかった。
「これは、いったいどういうことなのですか?なぜ、甕は奇跡を起こさないのです!?」
シュワクチャの老婆のようになったワカイが慌てた感じで喚いていたのだが、見た目同様に、それは弱々しさを感じさせた。
「ワカイさん。どうやら奇跡を起こしていたのは甕ではなかったようですよ」
モオルダアが目の前で老婆になったワカイを静かに見つめながら言った。
「どうも人は欲に駆られるといろんな事が見えなくなって来るみたいですね。あなたは甕を手に入れて永遠の命も手にしたと思っていたようですが、実はそうではなくて、あなたを長生きさせていたのはあなたが長年苦しませてきたオイタさんの力によるものだったのです」
「何を言うのだ。オイタなど、ただの裏切り者。あの女に奇跡など起こせるはずがない。…解ったぞ!お前達、グルになって私をハメたのだな!そうに違いない。さっきの水に毒を入れたのはお前だろ」
怒りなのか悲しみなのか、これまでの落ち着いた口調とは全く違う様子でワカイは滅茶苦茶なことを言いだした。
「何をおっしゃるのかしら?さっき飲んだのはあなたが自分で用意した水でございましょ?」
これまで唖然としていたスケアリーだったが、いわれなき罪を着せられそうになったので、ここは冷静になって言い返した。
「甕を取り戻したのに、あなたが若返らないのならそれ以外にないと思いますけどね。遠い昔の過ちが今災いとなって戻ってきたんじゃないですかね」
「何を言うのか。私は永遠の命を…」
そう言いながらワカイはナヨナヨと立ち上がると、倒れ込むようにして甕を掴んだ。
「私は生きる…。まだ生きるんだ。死にたくない…」
ワカイは甕にしがみつくように座り込むとそう繰り返していたが、次第に声は小さくなり、やがてその声もぴたっと止まってしまった。
しばらくの間、部屋には静寂が訪れ、スケアリーの頭の中は「何なんですの?」で埋め尽くされてた。するとその時部屋の扉が開いて、あの二人が入って来た。
「ちょっと、これって何すか?」
「まさか、この人って、あの人か?」
川村刑事と山村刑事のヘンな会話が聞こえて来てスケアリーは我に返った感じがした。
「ちょいと、あなた方!遅いんじゃございませんこと?あたくしは急いで来るように、って連絡したはずですのよ」
「いや、すいませんね。ずっと言ってるように我々としては極秘にやってる捜査なもんで、急に言われても動けないこともありましてね」
山村刑事はすまなそうな雰囲気を出しながら言い訳していたが、それがあまりにも言い訳っぽいので、責める気にはならなかった。
「それよりも、これはどういうことですか?まさかモオルダアさんがこの人を殺したとか…。あ、すいません」
川村刑事は途中まで言うとなぜかスケアリーに謝った。しかし、スケアリーは特に反応しなかった。
「ワカイさんは殺されたんじゃなくて、自然死ですよ」
モオルダアが言うと、二人の刑事は本当ですか?という感じでスケアリーの方を見た。
「そうですわね。これまでと同様に彼女も自然死だと思いますわよ。詳しくは解剖して調べないといけないと思いますけれど、その前にミイラになってしまうかも知れませんわね」
ここで起きたことが良く解っていない二人の刑事は納得の行かない感じだったが、遺体を発見したのでとりあえず警察としての仕事を始めなければならず、それぞれの仕事にとりかかることにした。