「再会」

9.

 事件現場に侵入者があって、しかもそれを取り逃がしたと聞いて山村刑事は鼻息を荒げて事件現場へとやって来たのだが、現場にいた警官達がみなすまなそうにしているのを見て、まあ仕方ないかなとも思って現場の様子を聞くことにした。

 一緒にやってきた川村刑事は、面倒な事になったと思っていたのだが、そういうことはなるべく表には出さないようにしていた。

 現場にいた警官の話すところによると、侵入者があった後に家の中を調べたが、侵入者が何かを持ち去ったような痕跡は何もなかったということである。それに、すでに捜査に必要と思われる証拠品は警察が管理しているのでダイジョブっすよね?という事でもあった。

 モオルダアが容疑者ではないということが確実になってきた今となっては、現場への侵入者が逆に事件解決への手掛かりになるのかも知れなかったが、山村刑事は「ウ〜ン…」と唸って警官の話を聞いていただけだった。


 一方モオルダアとスケアリーは病院を出ると、どこにいけば良いのか?と思っていたのだが、モオルダアが「やることがあるから」と言って家に向かうと、スケアリーも「そうですの、あたくしもちょっと調べたいことがありますから行きますわ!」と言って、詳しいことは説明せずにそれぞれの目的の場所へと向かったようだった。

 もう少し詳しく書くと、モオルダアは最近ずっと見ているあの夢が気になっていて、スケアリーはモオルダアがホントに結婚していたことになっていたのか?という事が気になっていたようだ。そんな感じなので、お互いに相手が何をしに行くのか?ということは気になりながらも自分のしようとしていることを知られたくもないので、適当な感じで別れると、それぞれがそれぞれの行く先へと向かった。

10. 区役所

 区役所の窓口にやって来たスケアリーからいきなり身分証を提示されて「F.B.L.のスケアリーですけれど、殺人事件の捜査でやって来ましたわ!」と言われた区役所の職員は、驚きのあまりしばらく口を開けたままスケアリーの差し出した身分証を眺めていた。少しすると、職員は苛ついた感じのスケアリーに睨まれている事に気付いて「はい!」と言うと立ち上がって窓口のカウンターの奥の方へと歩いて行った。

 スケアリーが自分の意志がちゃんと伝わっているのかしら?と思いながら待っていると、職員が入っていった奥の部屋から中年のちょっと偉い感じの職員が出てきてスケアリーの方へやって来た。さっきの窓口の職員よりは落ち着いていたようだったが、殺人事件がどうの、と言われると滅多なことではないのでこの偉い感じの職員も少し動揺しているようだった。

「F.B.L.の方ですね?どうぞこちらへ…」

そう言う職員に案内されてスケアリーは区役所の中にある応接室へ通された。

「婚姻届を調べて欲しいのですけれど。協力していただけるかしら?」

「ええ、まあ。できる限りのことは」

「ここにあるかどうかは解らないのですけれど、夫の名前はヘンタイのオックス・モオルダアで妻がオイタ・ワカコですわ」

区役所の職員は「ヘンタイってなんだ?」と思ったが、恐らくそのヘンタイが事件を起こしたに違いないと考えてから「承知しました」と言って、一度部屋から出て行った。

 スケアリーは職員の出て行った後を見ながら、ほとんど目に見えない微笑みを浮かべて「少し悪い事をしたかしら?」と思っていた。恐らく婚姻届はここにはない。ここになければ他をあたらなければいけない、ということでもあるが。どこを探しても婚姻届があるわけがないとスケアリーは思っていた。いくら巧妙に仕組まれた詐欺であっても、オイタ・ワカコという素性の解らない人間が正式に結婚など出来るわけはないのである。

 今ごろさっきの職員は存在しない婚姻届を必死に探している、と思うと少し後ろめたい気もしていたのだが。でも、あまり一生懸命になられてしまうと、時間も掛かってあたくしも少し待つのが面倒な事になってしまいますわね、とスケアリーが別の事を心配し始めた時に部屋のドアが開いてさっきの職員が戻ってきた。

「これですね。ヘンタイとは書いてないですが、モオルダアさんとオイタさん」

「それは、どういうことですの!?」

職員は言われたとおりのものを持ってきたのに、いきなりそんなことを言われて驚いていた。それよりも無いと思っていたものがあって、もっと驚いていたスケアリーであったが、自分がおかしな事になっておかしな事を言っていると気付いて、なんとかして落ち着きを取り戻そうとしていた。

「これは…。あの、正式なもので間違いないですわね?」

「そうですね。特に問題があるようには見えませんが」

「でも、そのオイタという人はどこの誰だかも解らないような人なんですのよ。警察でも今確認していますけれど、彼女に関する正確な情報というのはまだ解っていませんわ。そんな人の婚姻届が受理されるなんて、おかしいと思いませんこと?」

「そうですが、現にこうして婚姻届はあるのだし。我々も正式な手続きを踏んだ上で受理しているのですから…」

「きっと受け付けた方が何かを間違えたに違いありませんわ!どなたがそれを受け付けたか解るのなら、その方に話を聞いてみないといけませんわね」

簡単に片付くと思っていた問題が少しややこしくなってきたので、スケアリーは少し怒ったような口調になってきていた。実際に怒っているワケではなくて、彼女のクセみたいなものだが、職員はその口調から区役所の職員が手続きのミスをしただけで逮捕されるんじゃないか?とも思えてきて冷や汗をかいていた。

 職員が慌てた感じで婚姻届と一緒に持ってきた書類を調べると、そこには手続きをした人の名前が書いてあったようだ。それを見て職員は妙な表情で「あ…」と声をもらした。

「どうなさいましたの?」

「いや。手続きをした人ですけど。ついこの間ここを辞めたばかりなんですよ。町田さんって言うんですけど」

「まあ?!どうして退職したんですの?定年ですの?」

「いや、そうでもないんですけどね。まだそんな歳じゃなかったですけど。なんでも人生の転機だってことで。あまりにも急だったもんで、我々も驚いていたんですが…」

「その方の住所を教えてくれるかしら?」

町田さんが退職した理由などはどうでも良い感じでスケアリーが聞いた。事件が起きる直前に区役所からいなくなるというのは、気にしないわけにはいかない。

「はい、今持ってきますけど。でも人生の転機ってくらいだから、もう何処かに引っ越しているかも知れませんよ」

そんな事を言いながら職員は住所を調べるために一度部屋を出て行った。これは思わぬ収穫なのか、それとも町田という人が事件が起きる前に役所の仕事をやめたのはただの偶然なのか。スケアリーが考えていると職員がメモを持って戻ってきた。

「これが住所です。町田さんですけど、住所は町田市じゃないんですよ」

それは冗談なのかどうか解らなかったが、スケアリーは考え事をしている時の少し曇った表情を変えずにそれを受け取ると、礼を言って区役所を後にした。職員は、殺人事件とかで最初は焦っていたのだが、結局はなんだったんだ?という気分になって書類を片付けると、いつもの平和な仕事場に戻っていった。