「再会」

7. 事件現場

 夜明け前には騒然としていた事件現場だったが、現場の状況から山村刑事が犯人は特定できたと判断すると周囲の警官達も次第に落ち着いた様子になっていった。そして夜が明け周辺では静かな住宅街の朝が始まっていた。もちろん事件現場になった家の前を通る住人達はみな怪訝な顔をして家の中を覗き込むようにして通り過ぎて行ったのだが、いつもの落ち着きはすぐに取り戻せるに違いなかった。

 ただし、それは病院で遺体がミイラ化したという事実がこの現場に伝わっていないからであって、しばらくすれば山村刑事から何らかの連絡があって、またざわつくことになるに違いない。

 住宅街にある一軒家だが、今時珍しく平屋建てだった。ただし、オイタが一人で住むには広すぎる家でもある。平屋建てという事は、それなりに古い建物で玄関の手前に門があって前庭や裏庭のある古い日本風の家だった。

 家の外には数人の警官がいて誰も中に入らないように見張っていた。しかし、事件現場であることを示すテープで入り口がふさがれて、さらに警官もいるのにそこに入ろうとする者など誰もいなかった。外に立っている警官達も「面倒な役を引き受けてしまった」と思いながらも、無駄話をするわけにもいかずに、緊張感を保っているフリをしながら早く誰かとこの役を交代できないか?とか考えていた。

 しかし、こうやってわざわざ書いているのだから、ここで何も起きないわけはない。外で見張りの警官達が何も起きないことを確信しながら、あくびをかみ殺している時に、事件現場になった家の裏庭の方の塀を乗り越えて家に侵入した者がいた。

 マスクにサングラス、そしてフードのついた上着のフードをかぶったその侵入者はどこから見ても侵入者、という意味において侵入者らしい格好だったのだが、この家に何をしに来たのだろうか?表に警官が立っているのにわざわざ空き巣に入るようなマヌケはいないはずである。しかし、侵入者は空き巣のように家の中に入ると部屋の中を見まわしてタンスや机の引き出しなどを物色しているようだった。

 ちょうどその時、病院にいる山村刑事から現場に指令が下った。もちろん遺体がミイラ化したなどと言うことは言わなかったのだが、その事件現場はもう一度厳密に捜査する必要があるから、誰も立ち入らないように。そして、今の現場の状況を保持するように、という事だった。

 連絡を受けた警官達はそれを聞いたところで何も出来なかったのだが、連絡があったのに何もしないでいるのは、なんとなくサボっているような気分になるので、警官の中の一人が意味もなく家の中に入って中の様子を確認することにした。

 実際には家の中には侵入者がいたのでそれは意味のないことではなかったのだが。先程までずっと外を見張っていて家の中には誰もいないと思っていた警官は、入り口から少し進んだ所にある部屋から出てきた侵入者と鉢合わせた。出てきた侵入者もまさか警官が中に入ってくると思っていなかったようで、部屋から出てきた時の態勢のまま固まってサングラスの奥に隠れた瞳で警官の方を見ていた。

 警官と侵入者はお互いにワケが解らないような状態だったのだが、知らない人の家で誰かに会ったらなんとなくやってしまう感じで「どうも…」と言いながらお互いに軽く会釈してしまった。顔を隠した侵入者と警官のおかしなやりとりの後、侵入者がやっと「そんな場合ではない!」という事に気付いたのか、慌てて振り返ると別の部屋の入り口を開けて逃げだした。

 それを見てやっと警官も我に返ったようで「こら、まて!」と言いながら後を追いかけた。しかし、侵入者はこの家に侵入してからいくつもの部屋を見て回った後らしく、どこに何があるのか良く解っていたようだった。追いかける警官の方は中の様子はほとんど知らない。それで侵入者がどこから逃げようとしているのかも解らずにもたついているうちに、侵入者の方は家の外に逃げてしまった。なんとか後を追いかけた警官も塀を乗り越えてしばらくは侵入者の背中を追いかけていたのだが、いくつかの路地を曲がった後にその姿を完全に見失ってしまった。


 マズいことになった、と思いながら警官達が付近を捜索すると、道端に捨てられたマスクとサングラスだけが見付かった。