「再会」

2. 病院

 モオルダアが悪夢にうなされている頃、スケアリーは電話で起こされてこの病院にやって来なければならなかった。眠い目を擦りながら車を運転してこの病院までやって来たのだが、検死解剖をするための部屋に入ったスケアリーは明らかな不快感を表情に表していた。

「ああ、よくぞ来てくれました。あなたがスケアリー捜査官ですね」

部屋にいた男から言われたスケアリーがその若い男の方を見た。なんとなく中途半端に大袈裟な歓迎のされ方にスケアリーの表情は少しも明るくはならなかった。

「そうですけれど。見たところによると、これは確かに大問題ですわね。なんというか…」

解剖台の上に横たわる遺体を見てスケアリーが言った。その解剖台の上の様子から、なぜ彼女が呼ばれたのか?そして、なぜ彼女が不快になるのか?そういうことはすぐに解る。解剖台の上には一見したところ人間に見えないような遺体が載っていたのである。

 骨と皮だけになって茶色く干からびたその様子はまさしくミイラだった。ただし、それだけでわざわざF.B.L.のペケファイル課の捜査官が呼び出されるのはおかしい。しかもまだ夜も明けない深夜に。

 遺体の放置された環境によっては意外と短時間で遺体はミイラ化することも有り得るのだ。しかし、彼女が呼び出されたということにはそこに何かがあるに違いない。

「なんというか、ミイラ化していますけれど。この方はどこで発見されたんですの?」

「いや、なんというか、そういう問題よりももっと大問題なんですよね」

スケアリーに聞かれた男が答えたが、まだ自分が誰だか名乗っていないことに気付いた。

「…ああ、あの私は刑事の川村です」

「あら。そう。それで、この遺体がどうだって言うんですの?」

スケアリーは川村刑事の事はどうでも良かったようだ。それよりも、なにかややこしい問題になりそうな遺体の方が気になっていた。

「あのですね。この遺体が発見されたのはだいたい今日の午前二時すぎでして。それで、その時に撮った写真がこれなんですけど」

そう言って川村刑事は発見時の遺体の写真をスケアリーに見せた。写真を見たスケアリーはその態勢のまま固まって動けなくなったようだ。しばらくしてやっと自分の目の前に掲げていた写真を降ろすともう一度解剖台の上の遺体を見た。

「どういうことですの?」

「いやあ。あまりにも突然のことでしたから…」

今から数時間前に発見された遺体の写真はここにあるミイラ化した写真とは全く違っていた。スケアリーの見ていた写真に写っていたのは若く美しい女性の遺体だった。恐らく死後間もない時に撮られたようで、背中に包丁が刺さっていることを覗けば眠っていると言われても解らないものだった。

「するとつまり、この短時間の間にこの写真の遺体が、ここにあるミイラになったって事ですの?」

「まあ、そういうことです。厳密には、その解剖台に載せた時もまだその写真と同じような状態だったのですけど。解剖を始めある直前に急に変化が始まって」

「でも、そんなことって有り得るんですの?」

スケアリーは言った後に少し後悔した。そんなことは有り得ない事だから彼女が呼ばれているに違いないのだ。しかしスケアリーとしては、こんな理解不能な事態の時はモオルダアにイロイロと押しつけた方が楽なことは解っていた。

「あの、ペケファイル課に捜査を依頼したいのなら、こういうことにうってつけのモオルダアという捜査官がいるのですけれど、彼が到着するまで待った方がイイと思いませんこと?」

「いや、そうなんですけど…」

ここで川村刑事は急に都合が悪そうになって下を向いてしまった。

「なんなんですの?」

「いや、これなんですけど…」

そう言いながら、川村刑事が何かの資料をスケアリーに渡した。それはどうやらこの遺体の女性に関するもののようだった。スケアリーはその資料をざっと見通してすぐに何が問題なのか解って驚いていた。

「ちょいと、これは一体どういうことなんですの?!」

「というか、知らなかったんですか?」

「こんなこと、知るわけありませんわよ!なんなんですの?!こんなことは有り得ませんわ!」

何が起きても大抵の場合は冷静なスケアリーなのだが、いくつかの場面で彼女は取り乱したような状態になる。モオルダアの行動に腹を立てている時というのもその場面の一つである。今回の彼は何をやらかしたのだろうか?

 スケアリーが読んだ資料によると、今目の前に横たわっている女性というのはモオルダアの妻なのだ。今はミイラ化しているが、生きている時には若くて美しい女性がモオルダアの妻だったのだ。ということを簡単に納得しろといわれても出来るものではない。

「こんな事は有り得ませんわよ!だってヘンタイなんですのよ!それに、これまで何年も一緒に捜査をしてきましたけれど…ずっとボロアパートに住んでいて…。それにヘンタイなんですのよ!」

なぜかヘンタイにこだわっているようだが、急にミイラ化した遺体の事も忘れてスケアリーは混乱しているようだった。

「…ヘンタイなんですのよ!」