「再会」

11. モオルダアのボロアパート

 モオルダアは美しい妻のオイタと向かい合って座っていた。二人の間にある机には肉や野菜など一般的な食事が盛られた皿が二人分置かれていた。モオルダアは特にその食事のことは気にせずに、ニヤニヤしそうになるのをこらえながら目の前の美しいオイタを眺めていた。

「あなたのためにしたのよ」

オイタが言いながら、机の上の食べ物の方をチラと見たようだった。モオルダアもそれにつられるようにして、机の上に目を落とした。豚肉のしょうが焼きにキャベツの千切り。それから味噌汁とご飯。何でもないメニューだったが、それがまたモオルダアにとっては嬉しくもあった。

「全部あなたのためにしたのよ」

オイタがまた言ったので、モオルダアが今度は食卓から目を上げてオイタの方を見た。オイタの顔はいつの間にかカラカラに干からびていた。モオルダアと目を合わせたオイタは微笑んだのだが、その拍子に干からびていた皮膚がボロボロと机の上に落ちていった。

「全部あなたのためにしたのよ」

オイタがまた言うと、さらにカラカラの皮膚が剥がれ落ちていった。モオルダアはもう一度机の上の皿に目をやった。するとさっきまで綺麗に盛りつけられていた食べ物の上に何匹ものウジが這い回っていた。

「やっと会えましたね。あなた」

モオルダアがハッとしてオイタの方を見ると、そこには完全にミイラ化したオイタの顔があった。

「やっと会えましたね。あなた」

もう一度言うと、ミイラ化したオイタの顔それ自体がボロボロと崩れ落ちていった。

 そのまま見ていたらどういう状態になるのか解らなかったが、それよりも前にモオルダアはギャァ!っとなって目を覚ました。


 飛び起きたものの、まだ朦朧とした感じのモオルダアは肘をついて上体を半分だけ起こしたまま部屋の中を見まわしていた。部屋は薄明かりだったが、これは明け方の暗さではなくて、夕暮れ時の暗さである事がなんとなく解った。

 そこに気付いた時には、なんで自分がこんな時間に寝ているのか?と思っていたモオルダアだったがなんとなくミイラ化したオイタの記憶などが甦ってきて、その理由を思い出していた。これまで見ていた夢とオイタが殺された事件とは何か関わりがあるに違いないと思って、モオルダアは家に帰ると横になって寝ていたのだ。(それ以外に、早朝に起こされて警察に連れて行かれたりして眠いこともあったのだが。)

 それはモオルダアの思い込みかも知れなかったのだが、彼は警察署でオイタの写真を見せられた時から、それまで何度も夢で見ていたドロドロに腐った女性がオイタであると確信していたのだ。そして、ミイラ化したオイタの遺体を見た後に夢で見たオイタはミイラ化していた。

 ドロドロの夢を見ていたのと、オイタの事件が重なったのは偶然の一致で、さらに夢の中の女性がミイラ化するのは現実世界の出来事に夢が影響されているだけかも知れない。そこはモオルダアも確信が持てないものの、どうしても気になって仕方がなかった。

 それよりも、あの美女の詐欺師であるオイタが元の姿のままでミイラ化せずに夢に現れてくれたら良かったのに、とも思っているモオルダアは疲れ切った表情で布団から這い出てきた。

「まあ確かに、会えたな。ミイラだったけど…」

と、呟いたモオルダアだったが、その瞬間に部屋の電話の音がしてビクッとなって我に返った。


「ちょいとモオルダア!何で電話に出ないんですの?さっきから何度も携帯に電話しているんですのよ!それに今ごろ家にいるってどういうことなんですの?何か捜査でもしていたのかしら?」

「イヤ…、まあ」

電話はスケアリーからだったが、携帯の呼び出し音が鳴らなかったのは帰るなり横になってモオルダアの携帯電話がマナーモードのままだったからだろう。

「それで、何か解ったんですの?」

そう言われても、寝ていただけのモオルダアは困ってしまう。

「何というか、古典的な演繹法というか。無意識の世界を覗くことによって、こう…なにか見えてくる事もあるのだし…」

「何を言っているのか解りませんわ!とにかく、あたくしは今、あなたを信用しても良いのかどうかさえ解らないと思っているのですから、適当な事は言わない方が良いですわよ」

「それはどういうこと?さっきも言ったとおりボクは騙されてたんだし…、だいたい法的に考えて本当に結婚できていたのかさえ怪しいけどね」

「あなたがそう言っても、区役所はちゃんとあなた方の婚姻届を受理していましたわよ」

「そうなの?!でも、もしも役所の内部に協力者がいたとしたら…」

「そんなことはあたくしも考えましたわよ!ですからこれからその怪しい職員の方のところに行くからあなたもすぐに出てくるんですのよ!」

そう言うとスケアリーは電話を切ってしまったが、出てくると言われても、どこに出ていけば良いのか解らないモオルダアでもあった。とりあえずF.B.L.ビルディングにでも行けば良いのかな?とも思って服を着替えて出かける準備をした。そして、玄関のドアを開けると、そこにイライラした表情のスケアリーが立っていて思わず悲鳴をあげそうになったモオルダアだったが、なんとかこらえることが出来たようだった。

「じゃあ、行きますわよ!」

スケアリーは出てきたモオルダアの疲れ切った表情にちょっと驚いたが、それは表には出さずにボロアパートの前に停めてある車の方へ歩いて行った。モオルダアはわざわざ家までやって来たり、ちょっとムキになっているスケアリーが恐ろしいとも思えたが、今回は彼自身にとっても重要で、かなり面倒かも知れない事件でもあった。それを考えるとスケアリーがムキになっていることは彼にとっては良いことなのかも知れない、とも思って彼女の後をついていった。この事件は未だに何が起きているのか良く解らない、という意味でかなりの難事件でもあるのだし。